戦争終わって半世紀後に生まれたんですね私。

バイトが終わった。非常に疲れた。でも、前の現場と比べたら百億倍くらい良かった。私が担当したところは全員が男性だった。良い人ばかりだった。

 

Nに謝った。ゆるしてくれたし、向こうも私に謝った。恋人じゃないのに、Yahoo!で必死に『恋人と喧嘩   LINEのしかた』と検索をかけていた私をどうか笑って欲しい。仲直りすることが良いことであるのかわからないけど、私にとってやっぱりまだNは必要なんだと思う。
いつか、彼との関係のことを、きちんとブログに記録しておきたいな、と思う。彼のことを、ただの失恋話であるとか、若かりし頃の青春、みたいな形でいつの日かの酒の肴にしたくない。でも、今はまだ書くつもりはないし、書けない。

 

ブログやらevernoteやらおにゃおにゃ書き(私の家庭では、日記のことをこう呼ぶ)を読み返すと、どうやら私がこんなテンションになり始めたのはちょうど1ヶ月ほど前のことらしい。具体的に何があったのか、というと、あると言えばあるし、無いといえば無い。偶然か必然か。重なったのか、重ねたのか。よくわからない。


昨日、後輩とご飯を一緒に食べた。バイト以外で同世代と話すのは非常に久しぶりだった。
どうしてそんなに口が動くのだろう、と、彼女の止まらない口ばかりを見ていた。喋りつづけて疲れないのか不思議に思ったが、私は極力喋りたくなかったのでちょうど良かった。
彼女を見て、いつかこの子は虎になってしまうんじゃないか、と想像した。想像すればするほど、今段階で彼女が虎にしか見えなくなって少し可笑しくなった。わかるひとにはわかるだろう、彼女は『山月記』の李徴だ。
自分を軽蔑しているだけなのか、他人を卑下することしかできないのか、どうでもいい。ただ、彼女の話を聴くのはただただ不快だった。ひとを学力的な偏差値でしか語れないのか、と思うとうんざりした。もうこれ以上親しくなりたくないな、と思った。それと同時に、結局私も私で彼女に要らぬ話をしてしまった気がして、それも加えて不快だった。

 

 

こんなテンションだからと言って、何もしていないわけではないから素直に自分を褒めてあげるべきなのかな、と思う。電車に揺られて、バイトもとりあえずちゃんと仕事して、買物行って料理して、洗濯掃除して断捨離して、あくまで自分の嗜好でしかないけど読書もして、映画も観て。まあその読書のせいでこの前かなり病んだんだけど。
あまり自分を責めなくても良いのかな、と天井を仰いでみる。いやいや、とすぐにもう一人の私がツッコミを入れる。いやいや、何言ってんの。あんなことしなきゃこんなことにならなかった、と。

 


詩を書こうと思う今日この頃。
あと、救われるために、もっともっと、社会学の勉強をしようと思う。