え ん

人生は連鎖する、

私が決めた、ひとつのこと。

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🐰🐰🐰


迷って迷って迷って、迷いに迷って、そうして、ようやく、決断したこと。


それを、本当に、貫けるひとが、どれだけいるんだろうか。




少なくとも、数多くの成功者たちは、文字通り意志を貫いてきたひとたちのことを指すのだろう。もっと言えば、そもそも迷いすらなく突っ走って、成功と栄光をもぎとった天才だっているらしい。そんなひとを目指すひとには、何の役にも立たないけれど、彼らと180度異なる私が決めた、ひとつのことを、ここに書きます。






平成の私、つまりこの世に生を受けてからの私は、迷って決めてはまた迷い始めて、それでやっぱりって方向転換したり原点に戻ったりなんかして、そうしてるうちにまた悩んだり立ち止まったりなんかして、を繰り返して生きてきた。


現役で進学した大学を辞めると決意したときも、介護の道を志したときも、関東での就活に拘っていたときも、父と同じ職業を目指したときも、すべて、迷いに迷って、そうして出した最良で最善で最高の答えだと思っていた。この決断は揺るがない、そう心の底から信じて疑わなかった。




けれど、実際、すべて、破綻した。




私は今、地元に戻り、傷病手当で得たなけなしのお金で、中退した大学のすぐ傍のアパートを借り、電気代だとか自動車税だとか医療費だとかに毎日頭を抱えながら、生きている。




なかなか人生っていうのは、上手くいくものじゃないらしい。ありとあらゆるリスクや不安要素をしっかり把握したうえで決めたことですら、いつの間にかふらりふらりと揺らぎ始め、最終的にポッキリと軸が折れてしまう。




最近は"生きづらさ"とか"社会不適合"とかいう言葉が巷を徘徊しているけれど、そんなに生きづらいひとがたくさんいる、という現実に私は怯えてしまう。
この世界に違和感を持っていながら、苦しんでいながら、時に立ち止まることをしつつも、それでもみんな、生きている。それでもみんな、生きている。この世界が自分にとっての最適地ではないにしろ、それでも、みんな、生きている。




そして、何より、今日も、この現実に絶望している私は、この世界に、生きている。








私はこれから、どう生きていくんだろう、どう生きていけば良いんだろう。ああするって宣言したけど、実際お金ないじゃん。こうするつもりで来たけど、実際出来てないじゃん。ていうか、これまで成功したことあったっけ? Google先生、幸せってなんですか。ああ、どうすれば良い生き方ができるんだろう。まずは手取りでいくら必要かな? 週に何時間働ければ良いのかな? 私にそんなことできるのかな? だって無理だったじゃん? それより社会学の勉強したい。短大の頃の卒論のテーマ、続きの研究がしたい。サイードスピヴァクの思想をもっと知りたい。いやいや、現代の子どもの教育格差についてもっと詳しく知りたいし......でも知識だけじゃだめだから、経験も積まなきゃね。ほら、だから言ってるでしょ?とにかく今は仕事しなきゃ。稼がなきゃ。資金どころか奨学金という名の多額の借金抱えて何を夢みているんだ。さて、私はこれから、どう生きていけば良いんだろう?どう生きていけば.........


......そんな感じで、最近は、決断することを、少し後回しにしている。





決断することは、私にとって膨大なエネルギーが要るのだ。だから、ちょっとだけ、あともうちょっとだけ、今の流れに身を任せてみようと思う。上手くいくかは、わからない。でも、とりあえず、フラフラ迷走して、フラフラ決めかねている自分を、ほんのちょっとの間だけ、ゆるしてあげる、ことにした。


#「迷い」と「決断」

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上手くいかないのが常だから

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今年に入ってからのブログの更新頻度の低さに目玉が3つか4つくらい落ちたところなんですが、お元気ですか。私は元気です。

正直言うと、近年稀に見るほどの元気と言いますか、かなりポジティヴに毎日過ごしています。突如台湾に行ったり沿岸ボランティアに参加したりと、今年に入ってからの行動力は、自分でも甚だ驚きです。そして4月下旬辺りから、フリーターしながらひとり暮らしですることも決まりました。

最近得た、私にとってかなり大きな収穫というのが、完璧主義でなくなってきた、ということです。前職を辞めたばかりの半年ぐらい前までの23年間、私はまさに全か無かの法則、白か黒か、ゼロか100か、みたいな考え方で生きてきました。それが、まあどっちでも良いんじゃね、てゆーか、どうでもいいや、みたいになってきたということです。正直、単に完璧主義な生き方に飽きちゃった、という説も無きにしも非ずですが、まあともかく、自分が思っていたよりももっと世界は広いし、もっと色んな人がいるし、もっと面白いこともあるんだな、と。ぶっちゃけどんな人生を歩んでも、誰かしらには後ろ指指されたり、何かしらを傷つけてしまったり、まあ後悔したり失望したりするんだな、と。でも、それは、どんな人生を歩んでも、誰かしらの希望になれもするし、何かしらの幸せを掴んだり、まあ自分の力で良い方向に切り拓くことはできる、ということでもあって。本当に、もう、何だって良いのよね。人様と自分の命や宝物を壊さない限り、もう、何だって良いのよ。

ということで、私は、中退した大学の再入学を目指して頑張っています。一応別の短大を卒業しているので、社会人枠としても編入枠としても私は試験を受けられるのだけど、ほかの現役生と混じって前期試験を受け、1年生からやり直したいと思っています。しかも特待生枠として、4年間無償で通いたい。え?なんのためかって? トーゼン、自己満です。

というのも、中退した大学は、今の私が勉強したいと思っている学問が全て勉強出来るというだけでなく、心から尊敬している教授もいらっしゃる。そして、前も書いた気がするけれど、東大でも早稲田でもハーバードでもなく、この大学の卒業証書を貰うことに、私にとって大きな意味を持つのです。人生、やり直しは繰り返しなんかじゃないってこと、焦らなくても道は拓けるってこと、どんな黒歴史を背負っていても幸せになれるってこと、未来の子供たちに見せてやりたいな、と思ったのです。


ひとりくらい、変な大人がいたって良いじゃない。みーんなストレートで教育学部入って教採パスして23歳で先生と呼ばれる大人たちばかりの空間より、ひとりくらい、こんなあほみたいに失敗したり歩く度に転んだり泣いたり喚いたりして、足元も履歴書も汚れている大人がいたって、良いじゃない。

文科省が定める学校の先生になるかどうかは分からないけど、ともかく、子どもと関わる仕事がしたいな、と思っています。そして、自分の家の玄関だけじゃなく、ただいまぁーって子どもたちが扉を開けて、おかえりぃーって抱きしめてあげられるような、そんな空間を作ることが、今の私の夢です。

異国にて祖母を想ふ

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今年に入ってから、一度もブログを更新していないことに驚きマン。それより驚くことに、いま、私は日本にいません。私は、という主語のあとに、日本にいない、という言葉が続く日が来るなんて、今でも信じられない気持ちでいっぱいなのですが、とにもかくにも、私は異国にいます。


今年に入ってから、このブログだけでなく、日記だとか家計簿だとかを書く気になれずにいました。何でだろう?  理由はこれといって思い付かないのですが、そんな自分が少し嫌でした。短大の頃の卒論テーマ、<記憶と記録>について思い返されます。記憶は記録する媒体がなければ消えてしまうか、若しくは新たな全く異なる形に再構築されます。 それが、私はおそろしかった。おそろしいくせに、今は書く気が起こらない。とても不安定な身分にいる今の自分を、どこかで残しておきたくない、そういう意味合いも、もしかしたらあったのかも。

でも、ここに来て、なんとなく、 少し、考え直しています。文字として記録すること、それだけに縛られなくても、良いのではないかな、と。というか、記録、というそのものを追いかけることも、或いは追われることも、もう解放されても良いのではないか、と。

記録することありき、であらゆる物事を捉えることはとても疲れます。当たり前ですが、私たちは日記を書くために生きているわけでも、歴史の教科書に載るために世界が廻っているわけでもない。 今を幸せに、楽しく、笑顔で居られれば、それで良いのです。

祖母が亡くなって、今日で一年になります。1年前の今頃の私を思い返しています。あの日のことを、日記も書いていないし、写真も撮っていないし、誰かに写実的、如実的に話したこともない。 記録としては何一つ残ってはいないけれど、私の胸にしっかりと焼き付いています。 一年後はどうか?五年後は?そんなこと、わからない。でも良いのです。 算数が 出来ない私にとって、計算して生きていくことは、見えない敵と戦うようなもの。そんな真似は疲れました。 生きていくことは、未来を予知することでも、過去を記録することでもない。今を大切に生きていく、それだけ。それ以上でも、それ以下でもなくて良い。


おばあちゃん
きっと私は、あなたの本当の愛を理解する日は、そう遠くないことでしよう
だから信じて
もう少し もう少し待っていて、ね

2018.12.30.所感

 

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年の瀬、ですね。

 

2018年は、【終】という漢字一文字が頭から離れない一年でした。昨年の一文字が【改】だったので、おいおい改まった途端にもうフィニッシュかよ、という気もしないですが。


2017年の秋に内定式を終え、春からの居場所を確保した状態で2018年を迎えました。年始早々からバイトや日雇いに明け暮れ、休憩時間に『時計仕掛けのオレンジ』を読む毎日。ロックや。無事に卒論を提出し、2月は引越準備しつつ卒業確定。そして、早すぎる祖母の死。引越をして2日後の、鬼のような留守番電話を私は忘れないでしょう。身体的にも精神的にも物理的にもバタバタと疲労感が拭えないまま3月、入社式。
4月1日から入社したのもつかの間、率直に言ってそこから9月半ばまでの記憶は、非常に断片的で、かなしいものです。バラバラにノートやメモ帳に書かれた乱雑な文字は、辛い、しんどい、もういやだ、逃げたい、帰りたい、、、いやいや、楽しかった思い出だって、嬉しい言葉だって、笑い合った時間だって、あったはずなのに、文字として辿れるのはそんな重々しいものばかりなのです。このブログも、その当時の記事は決して明るい文体ではないですよね。

そんなこんなで10月は実家に戻ることになり、昨年の内定式と同じ日に退社。
けれど、送別会は本当に素晴らしい時間でした。自分の人生は、あの日々は、全てこのためにあったのではないか、と思うほどに。たくさんの上司、先輩、同期にかこまれて、温かな言葉をかけられて、本当に幸せな、幸せな時間でした。その時もらった花束は、大切にハーバリウムにしました。 
11月の退社まもなく、すぐに地元でレジバイトをし、それも破綻してもう12月。どんな年だったか、と思い返すのが、非常に難しく思いました。人生23年間生きてきて、救急車🚑に乗った経験が3回あるのですが、その3回は全て1年間に集約されています。うん、なかなか問題だ😑

 

 

 

さて、2月の記事、今年の抱負について振り返りましょう。

 

mercy07s.hatenadiary.jp

 

 

 

1.  体調管理・体力づくり
いわずもがな、これが破綻した一年でした。そもそも体調の良い、悪いがどんな状態なのかもよくわかっていない。重症。まず、きちんと通院する大事さを痛感しました。病院はバカにしちゃいけない。 
実家に帰ってからはちょこちょことジムに通い始めましたが、習慣と名乗るにはまだまだです。でも、意外や意外、意外と私は走れるんだ、 という発見。    1キロ6分のランニングペースで30分。体育が死ぬほど嫌いで出来なさすぎて泣いていた私にしては本当に凄い!
 

 

 

2. 食生活の安定
一人暮らしのときは悲惨でした。朝は抜き、昼はコンビニか上司が奢ってくれる弁当か抜き、夜は会社のお客様用弁当の残りを食べる毎日。作ってからずいぶん時間が経った天ぷらとか、お寿司とか。先輩が買ってくれる自販機の100%グレフルジュースが栄養源。はっはー、酷い。
今は実家暮らしなので、、、?いや、根本的に何も解決していない。別に食べたいとも思わないお菓子を食べ過ぎちゃうときもある。
 

 

 

3. 自分なりの金銭感覚を身に付ける
これは、評価が難しいです。買うことに関しては、少しは身に付けられたかな、、、安いものに飛び付かないとか、長く使えるものを重視するとか。自分の私物を見ると、結構良いものあるんですよね。手帳とか、鞄とか、口紅とか。
でも、稼ぐ、ことについては、未だに私だけにしか通じない哲学が根強いです。今年は特に、経済的な安定を強く希求してました。正社員に拘って、働くこと、それだけが善そのものでした。正社員としての私だけに価値を見いだして、汗水流して働いている私だけを褒めてあげて、自分の力で稼いだお金で一人暮らしして、奨学金返して、好きなもの買って、、、それだけが私を支えていました。
だから、その軸がポキリと折れた途端、どうしたらいいかわからない。自分を責めることしか出来ません。でも、責めて責めて責めてうじうじと立ち止まり続けられるほど、人生は長くないってこともわかっている。
金銭感覚というのは、即ちどう生きていくかと同義で、どんな自分でいたいか、見られたいかってことなのかな。
 

 

 

4. 自分を縛らない
ほっほー、こんな目標を掲げていたんかい!ってくらい、ギュウギュウと縛りつけていました。ほんとに笑っちゃう。
○○でなければならない、○○である必要がある、 という考えは、実は私を縛り付けているようで、いろんなひとたちを傷つけているのだと思います。自分を卑下している自己評価が著しく低い者は、自分と同等以下の存在を軽蔑している。この事に気づかされてから、ずいぶん経ったのに、未だに拭えない気持ちがあります。
 

 

 

5. 居心地の良い部屋を作る
スーパーワンダフルな部屋に住むことになった、と過去の記事には書いているけど、住んだ感想を言うと、もうしばらくは良いかな、って部屋でした。身の丈に合わなかったというか、私には持て余してしまったというか。 もう少し安い小さな部屋であるほうが、ユックリできた気がします。 こんなすごい部屋に住んでいるんだ、立派に働かなきゃ、って、むしろそういうマイナスなベクトルに頑張りかたを見いだしてしまったりも。
でも、家賃が六万以下であのアパートに住めたのは、経験としては良かったかもしれない。次への反省、もっとボロくて狭くて良い。
 

 

 

6. ストレスを抱え込み過ぎない
これは、目標設定がそもそも誤り。何故なら、いまの私は、ストレスをストレスと認識することさえできないから。何が辛いのか、どこまでやると無理なのか、わからない。そして、あ、ちょっとしんどいかも、と思ったところで、それをどうにもできないところも反省点のひとつ。ひとと比べて、私はまだまだ出来る、やらなきゃ、なんて勝手に思ってバカスカ仕事を引き受けてしまう。そして実際、一度でも成功しまうと、なーんだ!出来るやん!って自他共に思わせてしまう。そしてどこかでドン🏭💣💥
 

 

 

7. 大好きな人、ものには大好きだと伝える
これはこの一年とっても大事なことだったし、ずっと大事にしていきたいこと。おばあちゃんが亡くなる前の段階でこういうことを考えていたのか、と少々驚き。 このことを考えていると、ひとと喧嘩なんて出来ないし、後味悪くバイバイ、なんて言えない。悪いことしたらちゃんと謝りたいし、ちゃんと「行ってらっしゃい」と「行ってきます」を言いたいし、ちゃんと笑顔で「さよなら」と「またね」と手を振りたい。  これに関して、 まだまだなところがたーくさんあるので、偉そうなことはまだ言えないんですけど。
 
 
 
 
正直、死ぬ、ということについてよく考えていました。ここで声を大にして目を見開いて言いたいのは、死にたいわけではないということ。私は絶対死にたくない!!!!
 
ひとが一人死ぬと、必ず、生きているひとが、そのひとの後片付けをします。後片付け、というと、なんだか言葉が悪い気がしますが、ともかく、死んだあとに自分の身体を炉に入れることも出来ないし、銀行の凍結も役所の届け出も出来ないし、隠しておきたかったあれとかそれとかの始末も出来ません。誰かがやらなければならないのです。
 
そのひとが死んでも、残酷なほど平等に、この世界の住人のために明日は来ます。確実に明日は今日になって、今日は昨日になります。そのひとが居た現実は過去になって、そのひとの記憶は、記録として残らない限り、風化されます。もっと言えば、そのひとがこの世界で、確かに確かに確かに、存在していたのにもかかわらず、そのひとに関する記憶を留める誰かがいなければ、そのひとが存在していたという事実すら、、、脆いものなのです。
 
死ぬときはいつだって一人。何にも持っていけない。誰も連れていけない。
 
 
そして、この世界で生きている私たちのこと。どうしてこの世界に残る私たちは、こんなに悲しいんだろう。こんなに悲しまなければならないのだろう。
そう思いつつ、私はまた、もうひとつの現実に突き当たったのです。
 
即ち、悲しまないという選択を手に取る人もなかにはいる、ということ。
 
この世に生を受けて、確かにこの地で息を吸い、地を這うように生きた証が、何一つ、記録されないまま、死んでいったひとたちのことを、どこかでいつも、思っていた、、、そんな一年でした。
 

 

生きていたんだよな

生きていたんだよな

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あとは、今年観た印象的な映画(邦画ばっか笑)、読んだ本。具体的な本数、冊数は記録していない(途中でやめた、最悪💦💨)のですが、、、

 


映画『人魚の眠る家』 予告編

 


【公式】『万引き家族』大ヒット上映中!/本予告

 


『二重生活』映画オリジナル予告編


コリントの信徒への手紙 13章 ~ 愛のむきだし


『永い言い訳』

 

 

 

時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)

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葬送の仕事師たち (新潮文庫)

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女性の品格 (PHP新書)

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ヘヴン (講談社文庫)

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東京からの帰り道にて

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独りよがりな考え方は、どこにも真実なんてものはなくて、それは自分以外の誰かの人生の指針になるわけもなく、寧ろ未来の自分への暴力になる可能性すらある。

けれども私は好きなときに好きなものを好きな文体で好きなように書いてきたし、この先も書いていく。
そして、書きたくないことは書かないし、書けないことは無理に言葉を絞り出すこともしない。活字というのは不思議なもので、平気な顔で平然と平和を装って嘯くこともできるし、有りしものを落とすことも、無きものを生むことも容易くできる。とても脆くて曖昧で壊れやすいものなのに、固く閉ざされたままひとの心を殺めた過去を持つ。活字は、時にガラスの破片となって瞼を突き刺してくる。





私が追いかけてきたものはなんだったのだろうと思う。
いや、それを振り返るには、まだ若すぎると大人たちは嗤う。四半世紀も生きていない私の歴史は、あまりに、浅すぎる。


けれど、「貴女はまだ若い」「人生は長い」という言葉を掛けられる度に、その虚と空に私は怯えるのだ。それは嘘だ。若いから何なのだというのだろう。長い短いを決められるのは、私が死んでからの話で、今それを判断できるのは、人間の業ではないだろう。


たとえ短くとも、死に直接的に携わる仕事を誇りを胸にしながらしていたからなのか。
今年の初め、あまりにもあっけなく私の十代の軸だった存在が亡くなったからなのか。
ずっと就くつもりだった会社での社会人人生が、思いの外早く幕を閉じたからなのか。
この不安定な国際情勢、国内格差、都市伝説的終末論に深い共鳴を覚えたからなのか。

それはわからない。
もしかしたら、この23歳という一見若葉が生い茂る暖かで柔らかに感じられる時期に、たまたまこの思考に落ち着いていた、或いは縛られていた、それだけなのかもしれない。



ともかく、私は今年、死、終わり、というものの近さを感じたと同時に、今を生き切る最大で最善の措置を考えている。

後悔しているわけではないけれど、短大時代は、暗くて湿った重い過去を背負いながら、きらきら輝きと永続的な明るさに満ちた未来に駆り立てられた二年間だったように思う。幸せになりたいようで、幸せになることへの罪悪感が残滓する。それはただの精神論ではなく、身体の不調として顕れることもあった。身体が悲鳴を上げているにもかかわらず、私はそれを決して認めなかった。そもそものスタートダッシュを誤った私にとって、それは怠慢でしかなかったのだ。早く、早く、早く、「みんな」のように「普通」に生きなければ。

そう言って、は短大時代に自らの意志と力で得た栄光、新卒枠で入社した会社を、半年と一か月で去ることになる。

結局、経済的な安定を求めたところで、私は幸せになれないみたいだ。だったら、もう、好きなように生きるよりほか、ないのではないか。好きだと胸を張って言えることを、一度極めるほどに熱中しても、いいんじゃないか。死ぬときに、やっとけばよかっただなんて、やりぬけばよかっただなんて、ダサい。



卒業以来、久しぶりに会った友人に、明るくなったと何度も言われた。なんか、抱えてるものがなくなった感じ、と。
余計なお世話だ、とも、なんじゃそりゃ、とも、いやいやがっつり抱えてるわ、と大きな声で笑ったけれど、、まあ、ありがとう、と言った。

もう一人の友人のことは、私に書くほどの時間と語彙力があれば、きちんとひとつの記事にしたい。でも、書かないかもしれない。書くべきではないのかもしれない。





鬼束ちひろムンクフェルメール。そして数少ない短大の友達。東京も、悪くない。そんな旅でした。

愛を学んだ💐

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去年の今日は、内定式。
今年の今日は、退職日。

自分の人生なはずなのに、気が付くと自分の意志と力で先の道を選べることって、実は案外少ない。3ヶ月以上前に読んだ、内舘牧子さんの『終わったひと』を思い出す。生きるって、難しい。




とは言え、今の私は、落ち着いている。
辞めたくて辞めるとか、職場の人間関係や仕事内容が嫌で辞めるとか、超絶ブラック企業だったから辞めるとか、そういう話ではないから苦しんできたのだけど、だからこそ、今は落ち着いている。

まあ、ブラックかホワイトかなんて、とても恣意的なものだと思うし、あるひとから見れば、私の会社はとんでもないブラックだったのかもしれない。でも、私は、そうではなかった、と思う。なぜなら、私は今、とても穏やかにあの会社での日々を思い返すことが出来るし、幸せな気持ちだからだ。





自分で言うのもなんだけれど、私は完璧主義者だ。

常に最善を尽くしたいし、きちんとした結果を残したいし、私が私のなかで納得のいく作品を作りたいし、出来ることならそれを誰かに認められたい。

完璧でなくてもいいなんて、100点なんて取れやしないなんて、ただの甘えだと思う。7割出来ればそれで十分だ、そう甘んじたその瞬間に、そのひとは100点どころか、7割なんて取れやしない。遠い遠いところにいるのだ。

完璧であるということは、
本気、必死、愚直、真面目、
生きることに一生懸命である、
それらの形をもった証拠になるということだ。




そして、そんな完璧さからは程遠い私を、私はなかなかゆるせずにいた。まだまだ、まだまだ、まだまだ。こんなんじゃだめだ。これじゃだめだ。これだからだめだ。


そんな気持ちで毎日を生きていた。私が私をがんじがらめにする。完璧主義者は、はたから見たら、とても馬鹿馬鹿しいものであるのかもしれない。本人は、いたってシリアスなのだ。



けれど、今週、ちょっとだけ私は学んだことがある。完璧を目指すことには変わりないけれど、やっぱり百点満点取りたいけれど、取り続けたいけれど、ちょっとだけ学んだことがある。そしてそれは、私を前よりちょっとだけ強くしてくれて、そのちょっとだけの強さで、私は今の立ち位置よりずっと遠くに行ける気持ちなのだ。



それは、
完璧じゃない私のことも、愛してくれるひとがいる、ということ。


完璧とは程遠い、私がゆるせない私のことを、心の底から大切に想ってくれて、心配してくれて、気遣ってくれて、幸せを願ってくれて、サプライズしてくれて、優しい言葉を掛けてくれて、抱き締めてくれるひとがいる。本当に、ありがとう。幸せ者です。


それを本当に、本当に、本当に、身をもって理解した。そして、私は私だけじゃなく、そんな温かなひとたちのためにも、私のことを大切にしなければならないのだ。


もっと私は、完璧じゃない私を、ゆるしてあげてもいい。それを、ちゃんと、理解した。



自分は敢えて黒子に徹してひとを守ろうとする優しさと熱さを兼ね揃えたひと、どストレートにあったかい言葉をかけてくれるひとたち、会いたい、それだけの理由で時間とお金をかけてくれるひとたち、無条件で抱き締めてくれるひとたち、、、考えても考えても考えても、溢れるほどの愛情を教えてくれたひとたちを、私は一生忘れません。




前を向いていきましょ!
ハードルは高ければ高いほどくぐりやすい🏃🏃🏃

自己責任について語る前の近況報告

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自分の行いやら振る舞いやら選択による結果、またはそのものにたいして、ほんとのほんとに自分だけの責任として受けとめられているのか、なんて、まあ正直
すぐに目を背けたくなってしまう、ていうか、臭いものには蓋をしよう、なんて、うやむやむにゃむにゃにして、そのまんまさっき飲んだオロナミンCのビンと一緒にポイ捨てしてしまったのだけど、

さて、ところで
こんなことになったのは
ほんとに自分だけのせいなのだろうか


🌱🌱🌱🌱🌱

難しい国際政治の話は、こんなブログで書くことではないというか、右とか左とかいう言葉は私にとってお箸を持つほうとお茶碗持つほうとかいう意味でしか使いたくないというか、とにもかくにも今の私には今の私の目に届く範囲でしか、手にすることができるものの話しか、興味も関心も知識も経験もキャパシティも無いので、とりあえず今の私のことを書こう。

🌿🌿🌿🌿🌿


最近の私はとりあえずたくさん邦画を観ています。語学系の高等機関を卒業したくせに邦画ですか、ええ、邦画です。なぜなら邦画が面白いから。アマゾンプライム様々です。特にも2008年上映、園子温監督の『愛のむきだし』は、今の私のような暇をもて余している20代にお勧めしたいです。最初から最後までぶっ続けで観るのは非常に体力と精神力が鍛えられる気がしますが、本当の意味で体力と精神力が鍛えられるのは、やっぱり筋トレや運動や労働なのかもしれんと改めて痛感している毎日です。というわけで、中高時代の体育の評価が万年オール2だった私は、見よう見まねでジムに通いながら腹筋したり走ったりしています。飽きたらまた家に舞い戻ってあなたへのおすすめ、的な邦画を観る。それにも飽きたら図書館に行って、センター試験過去問やら数学のチャート式問題集やら古文単語帳やらとにらめっこしている高校生を横目に、ポヤポヤ好きな世界史の本や雑誌や新聞を眺めたりしています。英字新聞がまあ昔より格段に読めるようになったことは、ちょっと自慢だったりしなかったり。そして舞い戻った、といえば、再び病院に通い始めました。好き好んで病院に行くひとはあんまり居ないと思われますが、最近は待合室に置かれている名探偵コナンの漫画を一巻から読み漁っていて、それが意外や意外、なんか、まあ面白くて、なんか次の診察日楽しみだなあ、なんて思ったりもしています。


さて、ここまで書いて、やっぱり自分の今の姿、去年の今頃の時点で、もしかしたら、もしかすると、なんとなく想像できていたんじゃないかな、と思ってしまう。だって、このブログを読み返してみると、あんまり楽しそうじゃないというか、いきいきしてないんだもの。いや、そもそも私は、外向的な人間でもないのだけど、とりあえず、毎朝キャンメイクのアイシャドウを付けることさえもやっとなテンションで、休みの前の日は、明後日の仕事のことで頭がいっぱいで、目覚ましよりも先に鳴る上司からの電話に疲れていたのかも、しれない。そうではないのかも、しれない。

🌸🌸🌸🌸🌸
いや、そういうことを言いたいわけじゃない。
そうじゃないけど、とりあえず、私は、もしかしたら、毎日ほんとは、とってもかなしくて、とってもつらくて、とっても泣きたくて、とっても愛されたくて、とっても助けてもらいたくて、ずっと、ずっと、ずっと、ほんとのほんとは、しんどかったんじゃないだろうか。でも、どこかの大手広告代理店の誰かとか、隣で15時間勤務を常とするパートの上司とか、忘れたいはずの過去の私とか、そういう、今となってはもうどうしようもない他人と比較して、判断して、評価して、今の自分を必死に守りながら、いじめたおしていたんだろう。あのひとたちと比べたらアマアマ、あの頃よりマシ、やっとマイナスからゼロになれたんだから、もう戻れない、戻らない、そんな使命感にも似た自分に課した自分にしか通用しない十字架を背負っていたのかもしれない。という、まあ、そんな分析なんて、したところでどうにもならないところまできてしまった。あとはもう、火刑に処されるのみだ。さらば、マイセカンドホームタウン。

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とりあえず、今の私は、家族のために夕飯を作ろう。続きはまた今度。