人生は連鎖する、

沢山遠回りしてきた戯れ日記

自分を信頼するためのトレーニング中。

 

目を背けたくて堪らない現実。嘆いても喚いても変わらない現実。

その内容であったり、その瞬間に抱いた感情であったり、景色であったり。

そういうものを、言語化するって、物凄いエネルギーが必要だ。感情に名付けをすることって、かなり危険で暴力的だ。今を「悲劇的だ」と表現したその瞬間に、今の私は「悲劇的な」人間へと変貌する。本当のことなんて、誰にもわからない。

目を閉じても耳を塞いでも、現実はいつも私の隣で横たわる。時に、呆然と立ち尽くす私を見上げながら、そいつは私を嘲笑う。おいおい、いつまで期待してるつもりだい?

 

何かを失う、ということは、何かを失った経験を得る、ということと同義だ。けれど、喪失という名の拾得物が、私を本当に強くしてくれたのか、私にはわからない。私が深く沈んでいた時間というのは、その時にたまたまそういう時期に相当していただけで、経験がそうさせたものではないのかもしれない。また、傷ついた経験は、勝手に私が傷ついた、と痛がっていただけの話で、傷つけた相手や出来事は傷つけたつもりなんて無いのだろう。私が痛い、痛いと泣き叫んでいたその時間は、ただのロスだったのだろうか。だとしたら、とても空しいことだ。何のために私はその相手と出会ったのだろう。信じたのだろう。信じさせたのだろう。

 

 


ひとを信じる、って、何なんだろう。
他ならぬ自分自身のことを信頼せず、ひとを信じるなんてことが出来るのだろうか。そこに何らかの破綻や予期しない終結があったとき、それは超特急で崖の下か、或いは宇宙空間に投げ込まれるようなものだ。

 

 

 

じゃあ、自分を信頼するにはどうしたら良いか。

それは、小さな成功体験を積み重ねることだろう。継続することだろう。自分が立てた目標や計画を遂行できた時に、身体中に広がるあの感覚。そう、幼い頃に、補助輪をなくして自転車に乗ることができたあの瞬間の感覚。あれを重ねると、自分のことを信頼することができる。何か新しいことに挑戦して、仮にまた失敗をしても、とりあえずこの地点より下に行くことはない。だから大丈夫、安心して前へ進むことができる。そんなクッションの役割を果たしてくれる。

その感覚の経験がまだ浅い人間に、根拠なんてなくて良いからやってみろ!とりあえず走れ!挑戦だ!チャレンジだ!なんて熱血論を謳いあげても、何の意味もない。また、挑戦せずにその地点に安住するなんて怠慢だ、努力不足だ、などと叱り飛ばすことは、まったく的を射たない。今いる居場所や帰る場所がままならない人間にそれを要求することは、発展途上国や紛争国にいる、お腹を空かせた子供たちに哲学や思想を理解させるようなものだ。彼らに「汝の敵を愛せよ」と言ったところで、明日のご飯が出てくるわけでも命が保証されるわけでもない。

 


小さな成功体験、とは。
今日は昨日できなかった洗濯を回せた、とか、土曜なのに学校行事に参加できた、とか、バイトで嫌味言われても我慢できた、とか。
実は11時頃まで布団のなかでボヤボヤしていた、とか、筆記試験が近いのに勉強してない、とか、最近自炊してない、とか、そういうことはとりあえず置いておく。ほんとは置いといちゃまずいのかもわからないけど、でも、それでも置いておく。

どんな1日だったか、なんて、客観的に考えれば事実は全部同じだ。でも、捉えかたやフォーカスを当てる出来事を変えるだけで、随分と次の日の気持ちは変わってくる。

そして、次の日にアンラッキーな気持ちを持ち越さないためには、できるだけできることをその日のうちにしておく。机の上を片付ける、お皿を洗う、カバンの中を整理する、着替えを準備する、シャワーを浴びる、炊飯器のタイマーをセットする。

うまくいかないときは、自分にしか通用しないようなおまじないやライフハックを見つける重要な時間だ。私は、沈んでいるときのために、洗濯した後のハンカチを溜めている。沈んだ時にそのハンカチにアイロンを掛けていると、不思議と元気になるのだ。よし、じゃあブラウスも掛けてみよう。よし、とりあえずここを片付けよう。よし、皿を洗おう。よし、シャワーを浴びよう。よし、ペンを持とう。よし、課題をやろう。よし、今日は寝て明日は少し早く学校行って勉強しよう!

そんな良循環を生み出すキッカケになってくれる。しかもハンカチにきちんとアイロンかかってると、なんかデキるひとっぽい。笑

おまじないというか、私は香りを嗅ぐことが大好きだ。必ずバイトに入る前は、お店に売っている香水のテスターを嗅いでからにする。通帳残高が目標の金額を達したら、私はその香水を買うと決めている。
そしてバイトが終わったら、ちょっと高かったけど奮発して購入したハンドクリームを塗る。このハンドクリームが全部無くなるまではとりあえず続けるんだ、と目標を立てている。私は私をそうやって催眠術のようにして操る。私の場合、それが一番有効なのが香りなのだ。

 


私の今の状況は、落ち込み続けようと思えばどこまででも落ち込める。超がつくほどしんどい。一応進んでいるけど、内定までの道のりはまだまだ遠い。予習も課題も多い。やりたい勉強、研究に集中できない。とにもかくにも稼がなきゃならない。そんな矢先に、警察にお世話になるようなことにも巻き込まれた。まったく、ずいぶんな一週間だった。

毎晩物や人に八つ当たりした罪悪感で眠れなかったり、インスタント食品に頼ることで吹き出物だらけになったりしたけど、それでも私は落ち込み続けるわけにはいかない。ここで何もかもをほっぽりだすわけにはいかない。少しでも、少しでも、ハッピーなことを考えたり、ハッピーになれるような行動をして、一過性なものだとしてもハッピーになるしかない。まだまだひとのことを信じられるようになるまで時間はかかりそうだけど、それでも自分を信頼するための、愛してあげるための努力、トレーニングを怠らない。アパートの部屋では死んだような顔していても、せめて外の空気を吸っているときは、必要最低限のノルマをこなす。そんな自分を褒めてあげよう。毎日とりあえず外の空気を吸っているだけでも、私にとっては十分過ぎるほどの進歩なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

備忘録

 

なんだか本当に、最近の私は日々の暮らしが雑然としていて、全く心が落ち着かない。気分は常にジェットコースターのような上がり下がりを繰り返していて、それは他者にも影響を及ぼしているような気がする。自分に優しくなれない人間は、他者にも自分に対する負荷や罰を要求してしまう。孤立するって、そういうことなのかもしれない。

 

 

地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」

地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」

 

 

先日、この本を読んだ。

選考途中だった企業の面接に、次回はフェルミ推定を出すと言われて購入した。結果として、その面接へ行き着く前に🙏お祈り🙏されてしまったのだけど、まあ買ったことに後悔はしていない。ちょっと極端な文体が鼻につくときもあるが、実際にここに書いてある内容は私に必要なことばかりだったから(それはつまり私に地頭が無いということである)😤。

 

 

 

 

私は来月、22歳になる。

21歳の総括や22歳の抱負をこの記事に書くつもりはない。ただ、もう、本当に、本当に、(というか今更)、自分の二本の両足で歩いて行かなければならないんだな、と痛感する。

身体的にも、精神的にも、経済的にも、私はこの先、自分でひとつひとつPDCAサイクルを構築して行かなければならないのだ。自分の無理や限界を知ろうとせず、少しでも限界を超えるための訓練もせず、無防備に裸のまま社会に出ることは、戦場に行くそれと同じだ。危険というより、もはや愚かだ。失敗を怖がらない強さは、成功するための用意や努力無しに語ることではない。

 

 

さっき、22歳の抱負を書くつもりはないと言ったけれど、実はそれは、書くつもりがないというより、書けないんだ。

サンスクリット語で「夢」とか「願望」を意味する、サンカルパ、という言葉がある。このまえ、瞑想してみたら?と友人に言われて、面白半分に「寝たまんまヨガ」という無料アプリをインストールした。そのナレーションで、サンカルパを言い聞かせましょう、と言われたのだけど、私は思いつかないのだ。驚いてしまう。高校時代まで、溢れんばかりの夢や志望校を先生に並べていた私は、今、何も思いつかないのだから。

 

お金が貯まったら高等機関に戻りたいだとか、そのためにちょっとでもお給料良いところに就職したいだとか、本当の本当はマスメディア関連の職に就きたいとか、あることにはあるんだけれど、なんだか昔みたいに純粋無垢にサンカルパを唱えられない自分がいる。まあ、、、無理か。みたいな。それが、私の理想を大きくかけ離れた、つまらない大人になるってことなんだろう。

 

 

 

もっと自分を遠くから眺める努力を、しなきゃな。

全体を、抽象化させて、最後や結論から、客観的に自分を見つめる。

難しすぎてよくわかんないけど、もうちょっと本気で自分と向き合う必要があるのは確かみたいだ。

 

 

 

 

 

 

真夜中の更新ほど危険なものはない

 

こんな時間に更新するとか、絶対ロクな文章書ける自信無いんですが、書きます。眠れないんだから仕方ない。

 

 

 

 

 

🌎就活状況の中間報告としましては、絶賛スランプ中です。10社以上選考行ったうち、4社は二次選考まで漕ぎ着けたけど、そこから惨敗してます。ひとからの激励や慰めがものすごく今の私には鬱陶しいので、とりあえず今の私には近づかないほうがよろし。

 

 

🌏卒論状況を報告するにしても、こっちもこっちで行き詰まっています。とりあえず、事件後の新聞記事やら論文やらは少し読むのを一時停止して、スピヴァクや彼女が批判しているフーコーの著作を読んでいます。フーコーのほうは、あまりじっくりしっかり読み込むとそれだけで年明けちゃいそうなんで、まあ必要なとこだけスキャニング的な読み方になるかな、と。

 

 卒論の内容は以前書いたこれです。

mercy07s.hatenadiary.jp

 

 

この本がなきゃ、私は本当にこの卒論を書く覚悟が固まらなかったと思う。サバルタンは語ることができない。この現実を、スピヴァクとともに、私は声高に訴え続けたいと思う。

サバルタンは語ることができるか (みすずライブラリー)

サバルタンは語ることができるか (みすずライブラリー)

 

 

狂気の歴史―古典主義時代における

狂気の歴史―古典主義時代における

 

 

 

 

🌍そしてプライベートのほうも、ちょっと一波乱、二波乱ありまして、ほんとーにまあ、要するに全体的に不調です。ああ、ほんとにバイト辞めたい。。。むしろ私、何で続けているんだろう。。。いや、まあ続けないと就活出来んのだけどね。。。

 

 

 

 

 

🎈🎈🎈🎈

 

この社会で、生きにくさを感じている人って、やっぱ結構いるみたいだ。

本屋に行けばそういうひとの実体験とか、処世術的な本とか漫画が堆く積まれている。セミナーとか相談窓口みたいなものも、以前よりずっと増えた。これはたぶん、そういう該当者が増えたんじゃなくて、声をあげられる環境が、ちょっとづつ、本当に本当にちょっとづつ、整い始めている証拠なのかな、と思う。

 

えーこったーえーこったー、と思っていたのだけど、この前、知人に、精神障害者の手帳を発行したらどうかと言われた。そして、どっさりと、ご丁寧に付箋までつけてくれて、障害者のための求人雑誌を私に差し出してくれた。

 

⚠️私は、障がい者ではなく、障害者、と敢えて漢字で全て書くようにしています。私なりの考えがあった上で記載していますが、万が一不快に思った方に対しては謝罪します。申し訳ございません。⚠️

 

 

私は、その知人の言わんとしていることは理解出来る。月曜の朝からから金曜の晩まで本当に他の人と同等に勤務できるのか、週5回満員電車に揺られて通勤できるのか、いやいやそもそも決まった時間に朝起きられるのか、っていうことをすごくすごく心配してくれているんだ。そして彼女は私を心配するに値する地位にいる。

 

私はその日から3日くらいよーく考えた。

なぜ今、このようなアドバイスをもらったのか。(内定決まらんからか)

私は今、精神科、心療内科を受診していない。今年の初めか去年の暮れに、もう来なくていいよ〜って医師の方から言われたから。まあ私も要らんと思ってた。それで、今、なかなか内定決まらんからって、再び病院に訪れて、手帳の発行をお願いしろ、と。‥‥‥そりゃ詐欺やないか?

 

いや、でも確かに彼女の言っていることは一理あるんだ。本当に週5日8時間プラスαみんなと同等に働ける自信は、私にだってない。万が一倒れちゃったとき、実は2、3年前まで多重人格のヒッキーでしたあ、なんて笑いごとじゃない。わかってる。私のためというか、企業のためでもあるんだ。

 

 

そんなふうにしてぐるぐる考えて、まあやっぱり答えなんて元から決まっていることに気づいた。私の場合、いつだって、ぐるぐる考えているその時点で考えなんてすでに決まっているんだ。

 

 

なんとかなるんじゃね?ってこと。

 

今までだって何とかなってきた、というか、何とかせざるえなくって何とかしてきて、何とかここまでやって来たんだから、まあこの先何があってもとりあえず私は何とかするでしょう!と。

 

それと同時に、私はもう、この学校で最後にしたい、と思うんだ。自分の病気や過去を盾にして、社会からの圧力を避けること。特別許可を得ること。

ここで誤解しないで欲しいのは、今、現在、病気と闘っているひとたちは、逃げているわけでも甘んじているわけでもない、ってことだ。過去の私も、病気に甘えて現実逃避していたわけじゃない。本当に本当に、見えない敵と必死に闘っているんだ。それが病気ではないひとと違う敵だから、なかなか理解しがたいものがあるかもしれないけど、過去の私も、今の誰かも、ずーっと、全力で闘ってる。

でも、今の私は、もう、そういう時期じゃないんだ。その敵と闘うことは、もう終わり。それだけの話なんだ。

 

 

 

今でも、ほんとに就職決まらんし、やりたいことにも集中できないし、バイトはほんと意味わからんことばっかだし、ちょっとここには書けないようなことで凹むことあったし、もうほんとだめだなあ、嫌だなあ、もうほんと何もかも忘れてパチンって割れてしまいたいって思うことは何度も何度もある。その度に体に悪そうなものをやけ食いして(やけ酒は決してしないことが不思議だ)、胃がもたれてフラフラになるパターンを何度も繰り返している。

 

でも、それでも朝は来るし、シャワー浴びれば着替えしてるし、靴履けば玄関のドア開けるしかないし、学校行けば座る席があるし、駅に行けば電車は来る。そうやって、毎日毎日、ああこれもダメだった、あれもできなかった、それも終わってない、どれから始めていいかわからん、ってわめきながら、うめきながら、一歩づつ、前に進むしかないみたいだ。

 

そうだ、自分。

生きづらさを感じてるのは、自分だけのせいじゃない。むしろ全てを環境のせいにしたっていい。でも、どんなにデキが悪くても、ぶきっちょでなーんも完成しなくても、気づいたら同じスタートラインにいたひとの背中が見えなくなっても、何を思い出せないのか思い出せないくらい頭がこんがらがっても、バイトで誰も彼もに相手にされなくなっても。お徳用チョコレートを全部食べた後に70円のコロッケ5個食べて顔がぶくぶくになっても。一歩も前に進めない日があったっていい。玄関の扉が開けられない日があったっていい。部屋が散らかってコーヒーこぼしたまま夜が明けたっていい(片付けるのは自分である)。

 

それでも、それでも、それでも。

今、自分が進みたい方角。今、つま先が向いている方角。それだけは、睨んでいよう。よし。

 

 

 

 

 

はっ

今日は歴史学のテストだ‥‥‥💔  

母、とは。②

 

地上の星を大音量で聴きながら、金曜の18時過ぎの新宿駅をスーツで歩いていると、なんかドキュメンタリー映画の主人公になった気分になるのでオススメです。笑

バイト先の先輩が週2回しか入らない私を横目にしながら、連休が欲しいとボヤいていましたが、私は休日が欲しいです。はい。


でも毎日それなりに健康に充実しています。就活ができるって、とてもしあわせなことですね。感謝感謝。




🌐🌐🌐🌐🌐🌐🌐

母の日ですね。
私は正直、ほぼ毎日と言っていいほど母と連絡を取り合っているので、母の日だからと言って何か特別に感謝の気持ちを伝えるぞ〜みたいに意気込むことはあまりしてません。笑   


ただ、母にとって、今日は特別の日になりそうです。母の母、つまり私が約18年間同居をしてきた私の祖母と、ほぼ絶縁関係にあった母の妹と、親娘3人で食事に行くとのこと。

祖母は今、老健に入居しています。かなり重度の認知症で、先日私が会いに行った時は私の名前を忘れていました。「忘れたんじゃないわよ〜思い出せなかっただけよ」という、なかなか面白い迷言を残したので許してあげよう。笑

そして母の妹、つまり私の叔母は、私にとって未だに燻りつづける存在です。祖父が亡くなってから私が急激に病気が悪化した、もっと言えば、大学受験以降の私の人生をメチャメチャにしたのはこの叔母のせい、とずっと思い続けてきました。今は以前ほどその思いは無いですが、やはり私は、今も冷静な気分で叔母と会うことはできないと思います。

そんな叔母が、母の日に親娘3人で食事をしたいと誘ってきたとのこと。


なんだよ今更、と母も私も思ったのですが、母の日とか、◯◯の日、って、そういうもののためにあるのかもしれません。

ちょっと疎遠になってしまって、今更連絡をするのもなんとなく気が引ける。でも、連絡したい。会いたい。もう一度やり直したい。

母親に限らず、そういう存在って、いませんか?
たとえば、お正月とかに、勇気を出してあけおめメールを送ってみたら、案外話が弾んで会う機会を得られたり。いつも恥ずかしくて言えないことも、暦がそういう日を設けてくれるとするっと言葉が出せて、相手もその言葉を受け入れてくれる。



きっと叔母も、この日を待っていたのでしょう。
たとえ自己満足だとしても、実の母親が自分のことを把握できないとしても、単なるワガママだとしても、親娘の時間を過ごしたい。そんなどうしようもない叔母の夢を叶えさせてくれる母の日は、やっぱり偉大だ。笑




母。
難しいですよね。お母さんって。

母親になりたくてもなれない女性もいて。
母親になりたくなくてもなる女性もいて。

母親に依存しつづけてしまうひともいて。
母親に依存されつづけてしまうひともいて。
母親をゆるせないひともいて。
母親からゆるされないひともいて。
母親のことを思い出せないひともいて。
母親のことを思い出したくないひともいて。
母親との関係に後悔や反省があるひともいて。


どんな感情であれ、
みんな、母親のことを思う瞬間がありますね。この世に生を受けたひとは、須く母親から生まれたのですから。




今、お母さんとの関係で、何か燻りがあるすべての人へ。

無理して今、お母さんに感謝しなくていいんだよ。
親なんだから感謝、尊敬しなければならないなんてことはないのです。産んでくれたというだけで母親を愛さなければならないなんてこと、ないのです。

でもね、きっと、きっと、今のその燻った思いは、無駄じゃないのです。10代の反抗期であろうと、長年の苦悩の思いであろうと、たとえその思いが一生変わらなくとも、その思いはあなたの人生において、大きな意味を持つのです。


今の思いを決して、決して否定しないで。
周りがどうであろうと、どう言われようと、今の自分にとっての母に対する気持ちを、決して否定しないでほしいのです。その思いは、必ずこの先のあなたを強くする。深く深く傷ついた経験を持つのなら、深く深く憎んだってよいのです。最大の復讐は、あなたが幸せになることなのですから。  


自己分析②

 

更新頻度が高い‥‥。

暇なわけでは決してないけれど、近況を少しづつ投稿します。週1~2のペースで書いていけたら、なんて目論見中。本当にそうするかは未定。

 

あ、そういえば今日は久しぶりに、タブレットからの投稿です。ああ、キーボードで打てるって素晴らしい。

自己分析②というタイトルですが、諸事情の関係で、かなり個人的な話(オフラインの私を知っている人でなければわからないような事柄)を婉曲しながら書きます。いつも以上に理解しにくい文章ですが、ご了承ください。

 

 

 

🌎🌍🌏🌎🌎🌏

 

 

今年に入ってからのこのブログ記事を読めば、「とあるひと」がどれだけ私にプラスの影響を与えていたのかがよくわかる。私は、「とあるひと」からの言葉を一字一句逃すまいと必死だった。Evernoteや手帳を開けば、彼から貰ったたくさんの思い出たちをすぐに取り出すことができる。

 

「とあるひと」

 

この言い方、なんなんだろう。

私にとって、彼は何者だったのだろう。何者であるべきだったのだろう。

 

 

彼に違和感を持ち始めたのは、実は随分前なんだと思う。なんか、飼主に都合の良いペットみたい、って自分で自分に突っ込んでいた。でも、私が一度、両手を広げて投げ出した社会のど真ん中で闘い続けてきた彼の言葉は、いつだってなんだって正しく聞こえた。いや、たとえ正しくなくても、反抗することに疲れていた。彼の言う通りにさえしていれば、彼を笑顔にさせられるようなことをしていれば、オートマチックに社会で通用する人間になれる。まるで高速電車に乗り込んだかのように、私は自身の思考を止めて目的地まで安住した。一つ一つ疑問を持って立ち止まっていたら、この怒涛な社会では渡り歩けないのだ。

 

だけど、そんなふうに自分をごまかしてうまくやっていけるほど、私は器用な人間じゃない。だって私は今でもNのことが大好きだし、自分のなかに生きる過去の出会いや別れを心から愛しているし、尊重している。

それを一度箪笥の中にしまってベストを尽くすことと、それを完全に否定して真上からグシャリと潰し壊すことの違いが、彼と会う頻度が縮まるごとにどんどんわからなくなっていった。もちろん彼が私に教示したかったのは前者だ。過去を破壊しろなんて、一言だって彼は言っていない。そんなことは明解だ。でも、直接言語化していないだけで、彼からは一種のカルトを感じた。十中八九、彼自身がそのことに気づいていたと思う。終盤は、私以上に彼は彼に疲れていた。

普遍的な論理と彼個人の意見の区別がつかなくなっても、首を縦に振り続けるほど私は強くもなく、また弱くもなかった。

 

 

彼は私に、きみに人権はない、と言ったことがある。

もちろん、これは笑い話だ。お互い冗談だということはちゃんとその時点でも理解していた。
でも、結局、私が彼から離れたいと思い、それを半ば強引な形で彼に剣先を向けたのは、その言葉が引き金だ。

私は、彼と知り合う前から、人権という言葉を知っている。フランス革命後、ラファイエットが人権宣言を起草したことも、現行憲法の第11条に基本的人権の尊重について規定されていることも、1948年に世界人権宣言が採択され、その31年後に日本が批准したということも、私は知っている。だから私は、彼が私に人権がないと言っても、それが冗談だということを理解できたし、笑って受け流すこともできた。

 

でも、もし、人権の意味を知らなかったら、きみにジンケンがない、と言われても、それに屈するしかない。ああ自分は、他の人たちと違ってジンケンというものが欠落している不良品なのだ、と信じるより他ない。

そしてそのジンケンがないと言われ続け、その人のお人形として生きた結果、意図しない形で社会から外れてしまった時、人々からめでたく【自己責任】という言葉を投げつけられるのだ。

 

おそろしいことだ。
私が言われたのはたまたま人権だったけれど、この社会にはこういう類の事でたくさんのひとたちが食い物にされている。

 

 

彼に染まり、軸がばらばらに崩れていたのは、明らかにこれは私の改善していかなければならないことだ。善悪や真偽や勝負を超越した自分の軸が無い段階で、ひとの意見に全てを委ねることはお互いの破綻しか待っていないのだ。
私は自分の意志と責任を持って自分の人生を生きていかなきゃならない。
だから勉強は決してやめないし、その意志と責任を、客観的な結果を以って、彼からの愛情に還元しなければならない。それが彼に対する最大の感謝と謝罪だ。彼が私にくれた時間は、本当にかけがえのないものだと今でも信じて疑わないけれど、その思いは形で残さなければ意味をなさない。

具体的に言えば、基礎体力づくりとベストな就職活動に集中する。今、私がしなければならないことは、それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

善意ある暴力は優しさですか
悪意ある優しさは暴力ですか

春夜に塗り重ねた嘘は何色ですか
幸せを抱き抱えた闇は何色ですか

切り捨てられた4の行方を追い続け
山の頂上に残る雪を溶かしわすれた

引き揚げられた稚魚たちを眺め続け
水底で眠る月の影を落としていった

 

   生まれて初めて日本海を見た日に書いた詩

 

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ふらふらと勿忘草の揺れにけり

 

 

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忘れ草一輪摘みし夜明けかな

 

自己分析 ①

 

こんばんは。

この時期を楽しんでいる方も、踏ん張っている方も、お疲れさまです。

 

 

 

🌐🌐🌐🌐🌐

 

最近の私には、書ききれないほどのさまざまな出来事がありました。具体的にひとつひとつ文字に起こすほどの気力も無いのですが、そこから得た教訓というか、未来の私への忠告、みたいなものを書き残しておこうと思います。
そうです、私には未来がある。何があったって、私はこれからも生きていかなければならないのです。
 
 
 
 
JR東日本の駅ビルショッピングセンター、ルミネってご存知ですか。新宿とか町田とか渋谷とかにある、若い女性向けのテナントが立ち並ぶお店です。
あそこのキャッチコピーが、今の私にとってものすごく大きく響くものがあるのです。
 
『自分に夢中になれないと  誰かを真っ直ぐ愛せない』
 
コピーライターってほんと天才。
たったひとことでひとの心を鷲掴みにして、もうこの上なく離さなくさせてしまう。私はこのキャッチコピーが大好きです。
 
いや、でも待てよ。
自分に夢中になる、って、どういうことなんだろう? 私が最近夢中で取り組んだことってなんだろう?
 誰かを真っ直ぐ愛する、って、そもそもなに、、、?
 
 
 
 
私は先日、ものすごく嫌な思いをしました。
本当に、このまま割れて死んじゃうんじゃないか、ってくらいの頭痛と闘って、どうにか耐えました。
 
 
私は、たくさんのひとを傷つけ、裏切ったのです。
 
 
 
 
傷つけられることに慣れた人間は、傷つけることにも鈍感です。
自他問わず、ひとを傷つける、という行為。その一歩を踏み込んでしまうひとと。踏みとどまるひとの差、というのは、その瞬間に自分を大切に想ってくれる、愛してくれるひとの顔が浮かぶかどうかだと、私は思います。
 
 
私には愛してくれるひとがいます。
これは恋愛云々ではありません。
そのひとが、どれだけ私のことを愛してくれているのか、わかっていたつもりでした。本当に感謝しているつもりでした。私もそれと同等、それ以上に愛しているつもりでした。
‥‥‥つもりでした。
 
 
 
 
 
だけど、そのひとのことどころか、誰のことさえも、私は愛してなどいなかったのです。なぜなら、そのひとを愛していると言っている、他でもない自分自身のことを愛していないから。本気にも、夢中にも、なっていないから。
 
 
 
とても有名な心理学者、エーリッヒ・フロムは自身の著作で、『愛は技術だ』と言っています。つまり、努力する過程の中で学び得られる知識や経験の積み重ねであり、運でもなければ先天的な能力でもない、ということです。
 
 
私はとても怠慢な人間です。
 
失敗や落胆が怖くて、自分の力で試して負けることが嫌で、恥ずかしくて、面倒で、逃げ回ってきました。自分のせいにせずに生きられるラクな方法を見つけてしまって、逃げ回ることがやめられなくなっていました。止まらなくなっていました。
 
 
 
ふと、中学時代、剣道部に所属していた頃を思い出します。
信じられないほど弱くて、全然勝てなかったけど、剣道している自分は好きでした。先輩にコテを打たれ続けて青痣を作っても、頭に火花が散るほどメンを打たれても、どんなにコーチに怒鳴られても、顧問や友達に呆れられても、私は剣道が好きでした。
 
高校では、うって変わって文芸部に所属しました。大学の卒論レベルの文学研究をして、川端康成金子みすゞのことは未だに詳しいです。三ヶ月かけて書き上げた詩集や小説を、三秒でボツられたこともあります。でもその分、たくさんの賞や名誉あるものをいただきました。
 
 
 
その頃もしんどくて嫌で本気で辞めたい、逃げたい、と思ったことは何度も何度も何度もありました。でも、その頃、私の隣には、いつだって共に闘う仲間が居て、目の前には、つねに課題と〆切がありました。
 
 
 
そう考えると、やっぱり、大学受験、か。
7歳の頃から介護してきた祖父の死や、それに伴う親族同士の諍い、苦悩が、ただの理由づけであったことは、おそらくあの時点で私の周囲の誰も彼もが気づいていたことでしょう。それを私に問うことを許させないほどの私の強い反抗と拒否は、どこから湧き出てきたのか‥‥‥。不思議だ。そこまで致命的な成績だったわけでもないのに、寧ろ数値的にも精神的にも信頼はあったのに、どうして私はあそこまで大学受験を避けたかったのでしょう。
 
 
いや、全然、些細なことだと思う。
誰もが陥るような、受験の不安。
たまたま、その不安を回避できそうな、正当化させられるような、哀しい出来事と重なり、それのせいにしてみたら、止まらなくなったのです。雪だるまのように肥大化していったのです。
逃げた理由や責任を転嫁できるものに縋ることを赦された気でいられました。
 
つまり、ラクをすることを覚えたのです。
やらなくても特別に済ませられる術を身に付けてしまった。
 
 
 
生まれた時から特別扱いされることに慣れていた私は、それを自分自身で自由自在に操るようになってしまったのです。ある時は優等生として、またある時は障害者として、そしてまたある時は被害者として、、、
 
 
 
恐ろしいことだと思います。
そうしているうちにそれが定説になって辞められなくなって、逃げることから逃げられなくなっていた。自分が望んでベッタリと貼り付けられたシールは、なかなか剥がれません。私はこういう人間です、そういう看板を背負っていれば誰も私に近づけないからです。
 
 
 
そう、きっかけは、本当に小さな小さな歪みとそれに合致する材料、(有るものも無いもの、有るべきものと無くて良いものの比重)とのタイミング、歯車が合った、それだけ。本当に、それだけ。それだけなのです。
 
 
このことに気づかせてくれた、
つまり、下り坂を駆け抜ける雪だるまの肥大を無理矢理、強引に、止めてくれたあのひとには、心から感謝したいのです。

 

 
 
 
私は私が嫌いです。
苦手な人や相容れない人の特徴について考えていると、いつの間にか自分の弱いところや隠したいところについて考えていることに気づきます。それくらい、私は私という人間が、苦手です。私が私から避けているから、なかなか夢中になれるものに集中できないのです。
 
 
 
 
ねえ詩織、
今のあなたはとても危険だよ。
自分の身は自分で守りなさい。
自分の気持ちに嘘をついて誰も彼もに笑顔を振りまいているうちに、気がつくと一番大切なものを失うよ。
自分のことを愛せないうちに、相手のことを思いやるなんて、愛してあげるなんて、百億年早いのよ。
 
 
 
 
 
 
うーん、、、まとまりがないけど、ちょっと今日はここまで。疲れてるみたい。

 

 

逃げるってなんでしょう。


 

少しだけお久しぶりです。

みなさん、お元気ですか。

私は、あまり元気ではありません。でも、そんなことを言ったところで、元気が湧き出てくるわけでも、目の前の景色が明るくなるわけでもないので、精一杯、今出来る問題を解こうとしています。

 

 

 

今バイト帰りで、電車に乗っているのですが、私が楽しみに購読しているブログが更新されていたので、嬉しくなりました。そして、その記事を読んだあと、今の自分を思い、何と言うか、少しだけ複雑な気持ちが拭えなかったので、この気持ちを私のブログに書きます。

 

そのブログ、ここに掲載しても良いのかしら? うーん、わからないから、載せない。あと、Kさん、不快に思われたら、本当にごめんなさい。

 

 

【許可を得たので掲載致します 2017/05/07】

koyukisdec20.hatenablog.jp

 

内容は、平たく言うと、「逃げても良いんだよ」ということです。

今、辛い環境、状況にいたら、その場から逃げる、という選択肢を取っても良いんだよ、と。

 

 

私、最近、本当によく考えるんですね。

今通っている大学の進学をきっかけに、私は、岩手、つまり実家を出たけれど、それは本当に、良かったのだろうか、と。

今、私は就活生として、関東エリアの企業をエントリーしています。Uターンするつもりは、今のところ、ありません。それが今後の私にとって、本当に幸せなことなのか、今の私にはもちろんわかりません。

 

 

ほんの三年程前、四畳半の煎餅布団しかない部屋に閉じ込められていた私は、この一年間で、見知らぬ土地で一人暮らし、都内でアルバイト、そして新宿でリクルートスーツに身を縛られながら、厳しい毎日を生き抜く、「どこにでもいる大学生」になりました。

今、辛いこともしんどいことも嫌なことも不愉快なこともたくさんあるけれど、とりあえず、それに耐えながら、ごまかしながら、「普通に」生きられるほどの人間になりました。

 

 

だけど私は、

たまたま、本当にたまたま、家族以外に、家族同然、或いはそれを超越して、私のことを大切に思ってくれる存在に出会えたから、今、こうしているわけです。精神的にも、経済的にも、未来の私に希望を持ってくれ、支援してくれたひとがいるから、私は実家から逃れることができたのです。

 

 

中学生の頃、私はずーっと、

『なぜ私が「ただいま」と言える場所はここしか無いのだろう』

と思いながら、リビングからの怒声や泣き喚く声をBGMにしながら、隣の部屋で父親が引きこもるなか、自室で手首を切っていました。その時、私は、ただつらい、しんどい、苦しい、だれか助けて、というような内容の詩を、ノートに書きなぐっていました。

 

だけど、逃げたい、とは思わなかった。

逃げる、という言葉すら、その時の私の頭の中の辞書には無かった、というほうが正しいかもしれません。

 

 

 

 

 

今の私は、その頃の私や、その頃の私のような状況下にいる子どもに、特に掛けてあげるような言葉はありません。何を言っても嘘になる気がするから。

 

だけど、

逃げたくても逃げる場所も見つけられずにいるひと、

客観的に見ればどう考えてもその場が地獄なのに、地獄であることすら知らずに、天国に行く地図を知らないまま、ただただ辛い思いを堂々巡りしている、せざる得ないひとが、今、この瞬間に、確かにいるのだ、ということ。

 

そして、その地獄を作っているのは、他でもない、今の私たち、すなわち「どこにでもいる普通の人たち」であふれかえっている、この社会全体である、ということ。

 

 

その現実から、私は目を背けたくないな、と思うのです。それが、せめてもの、過去の私に対する慰めなのかな、と。

 

 

 

 

最寄駅に着いた。明日から、また1週間が始まる。