え ん

人生は連鎖する、

24の所感と宣誓

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昨日、24歳になりました。たくさんお祝いの言葉を貰いました、みんな、ありがとう。


このブログを始めた時は20歳だったのか〜なんて、過去の記事を眺めていた。どうしようもないことを書いているのもあれば、意外と的を射たようなこともあって、なるほど継続と蓄積と記録というのは、どんな形であれ大事なんだなあ、と。それと同時に、人間、続けられるものしか、結局続かないんだよな、なんて、自分を正当化してみたりする。




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この前、ひとの最期の大切な儀式を執り行うひとに、「理由とか過程なんてどうでもいい。結局みんな、ひとは、結果しか見ないからね」と言われた。
どうでもいいと言っておきながら、私が新卒で働いた前職を辞めた理由を問いただしたと思ったら、「そんなふざけたこと聞いてない」なんて一蹴された。
こうやって書くと、やっぱり、よくわからんな、と思う。そして、仕事している姿がめちゃくちゃ素敵だったからこそ、結果しか見ない、というそのひとに、私は傷ついた。彼は、故人にたいしてすらも、人生の過程を顧みないのだろうか。葬儀参列者の数や、葬儀単価、棺の種類、遺族の故人への気持ちだけが、その人の人生の、結果なんだろうか。だとしたら、あまりにも、かなしい。

いや、ただ、きっと、責任感と、妥協を許さないひとだったのだろう。ただ縁が無かったんだ、って、都合の良い言葉で片付ける真似をしたくはないけど、きっと、今はまだ、出会うべき人じゃなかったような気がする。きっと、出会うタイミングを間違えただけだ。


そうは言うものの、叱られる、って、やっぱり大事なことなんだと思う。歳を重ねるにつれ、ひとはひとにたいして、どんどん、どんどん無関心になっていく。叱られることがなくなってゆく。体力も精神も消費する叱るという行為の、意義や対価を、もう、大人には見いだせないから。


だから、叱られたことには、感謝している。その叱られた内容が、時間が経つにつれ、間違っているという気持ちになれているから、尚更だ。今なら、誰に何を言われても、胸を張って言える。私は自分の人生に対してふざけたことなんて、一度だってないし、自分の甘さを克服するための努力をしてきた、している、って。私の周りの大人たちみんな、よく、まだ若い、って、言うじゃない。 どうしてその努力を、24になったばかりの今、履歴書に反映しなければならないのですか?


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ひとを闇雲に妬んだり、環境のせいだけにしたり、そういう真似をする大人にはなりたくないな、と思う。今の場所の広さからも、今ある手札の数からも、今の周囲の愛からも目を背けて、無いものや失ったものや落としたものにばかり気を取られる人間ほど、醜いものはない。妬ましく思う人の努力や苦悩、これまで生きてこれた奇跡や支えを踏みにじって唾を吐いている。そんな姿が、どれだけカッコ悪いのか。気づいていないのは、いつだって、本人だけだ。



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23歳で叶えられたこと、理解したこと
・パスポートを取得して海外旅行した。
・車を手に入れた。
・教育や環境が持つ可能性と脅威を理解した。
・どんなに気分が優れなくても掃除洗濯は怠らなくなった。
・人に対して余計な口出しをしなくなった。
・自分がどれだけ愛されているのかを心の底から理解した。
・上手くいかない理由を根本から考え、周囲の人からの支援や病院の力を借りることができた。(何でも自分一人でやろうとすることは、逆に甘え)
・自分に課したノルマや約束を守る習慣を身につけた。
・翌日のことを考えて食事するようになった。


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24歳の目標
1.完璧を目指すことには変わりない。
けれど、完璧ではない今の自分の価値とそれとを紐付けない。なぜなら今の私は、既に素敵な女性だから。
2.完璧を目指していることでひとを傷つけない。重たくさせない。自然に、息をするように、努力する。
3.義務を果たしてから、自分の権利を正当に、声高に、主張する。
4.自分を支えてくれる人にたいしての愛を惜しまない。
5.自虐しない。自尊心がないなら、上げるための今この瞬間の行動を考える。起こす。
6.出会う人全ての振る舞い、言葉遣いから学ぶ。好き嫌い損得ではなく、全て勉強。
7.よく笑いよく泣きよく考える。そのことをアウトプットする。
8.カツカツと行動しない。結論を急がない。長いスパンで物事を考える。
9.健康管理を徹底させる。体に良いものを摂る。
10.手や足の振舞いに気を遣う。その人らしさが出る1番の箇所だから。
11.自分が居心地が良い環境にするための努力や投資を惜しまない。


叶えたいこと
12.妥協なき職業、会社選択をして継続する。
13.経済的自立をした上で、月の積立額を2万に戻し、マネックスも再開させる。
14.L'OCCITANEのハンドクリーム、化粧水を母にプレゼントする。
15.東北内のどこかへ温泉旅行へ行く。
16.自炊をより充実化させる。パスタやクラッカーに頼りすぎず、ご飯を炊く。
17.蕁麻疹を治す。
18.趣味を見つける。
19.ジム週3回以上を習慣化させる。
20.兄や友達と県内ドライブをもっと楽しみ、無事故無違反でゴールド免許取得する。
21.気に入った家具を買う。
22.図書館で本を借りたらきちんと読み切る。
23.今目の前にある課題に対して価値を判断しない。無駄無益だと思うことでもやってみる。
24.恋愛云々問わず、素敵な人との縁を逃さないよう、常に身嗜みや持ち物、機嫌を一定させる。

ままならないのが人生さ

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ようやく文字を書こうという気分になれたので、ブログを開く。
6月は私にとって、暗雲垂れ込める、そんな日々だった。もういっそのこと雨でも雪でも槍でも降ってしまえばいいのに、どんよりとした雲だけが常に私の頭上にのしかかっている感じ。ずっと疲れていたし、ずっとしんどかったし、ずっと頭が痛かった。
理由はひとつじゃないんだと思う。けれど、比重が大きいほうが、私の性格の傾向的なものなのか、外部的な問題によるものなのか、理解できずにいた。今でも、よくわからない。
ただ、一人暮らしの身で、勉強しながらダブルワークで生計を立ててゆくというのは、私のキャパ上不可能だっていうことと、休みかたや遊びを知らないままここまで来てしまった弊害は、想像以上に大きいってことを、この1ヶ月ちょっとで学んだ。もう、ずっと、ずっと、ずっと、疲れていた。


そして、
そんな疲れ切った私の顔を見て哀れんだ神様なのか、おじいちゃんおばあちゃんの見えない力なのか、はたまた単なる時の悪戯なのか、職場の代表から、あくまでも会社の都合でクビになった。


落ち込んでいないと言ったら、嘘になる。どうしてこんなにまで、こんなにまで、こんなにまで、上手くいかないんだろう。今まで、「どうして自分だけこんな目に遭うの」言ってる人を見ると、何言ってんだお前だけじゃねーよ、みんな隠すのが上手いだけだよなんてどこかで抜かしていたのだけれど、今回ばかりはそう思った。ああ、こうして若者の貧困は連鎖して負のスパイラルに陥ってゆくのだ。


けれど、それと同時に、どこかで、ものすごく、安心していた。これで、いろんなしがらみや制約、義務、不安定で今にも壊れそうな日常から、解放される、と。ちなみにそれらは、自分で勝手に作り出した幻想に過ぎないのだということも、ちゃんと知っている。




さあ私、何者にでもなれるよ。
何者でもない今、もうすぐ24になるこの瞬間、私は今、何がしたい?
どこかにいつのまにか置いていってしまった自分を、探しにいかなきゃ。


‥‥‥そう言って、そう言って、そう言って、このザマだろう?






ままならないのが人生さ。

ジョー・ブラドリーが笑ってくれた。アン王女にだって休日が必要だったんだ。
私だって、あともう一晩くらい、現実からは、ちょっと目を背けて、ローマの街を駆け抜けても良いんじゃないかって。もう、いっそ、流れに身を任せて見ても、良いんじゃないかって。


次、また、上手くいかなかったら?と怯えるマネは、やめよう。どうせ上手くいかないことは、向こうからご丁寧にやってくるのだ。だったら、焦って上手くいかないことを拾い上げる必要も、吸い込む必要もない。ゆっくり、ここで、待つしかない。それなら、楽しいことをして、気長に、待っていよう。不幸が来るまでの間くらい、しあわせな気持ちで、待っていよう。何を選んでも、どの道を進んでも、いずれ、後悔するし、壁にぶつかるし、嫌な奴には会うし、消えたくなるくらいの失敗はするのだから、それわざわざ自分から迎えに行く必要はない。


そして、後悔している最中も、壁に悲嘆している今も、嫌な奴に精神をすり減らしている瞬間も、見てくれている人はちゃんといて、温かい言葉を掛けてくれている。もうそんなこともどうでも良いくらいに、自分は自分のことしか考えていなくっても、実は、そこらじゅうに、愛ってものは、存在するらしい。縁ってものに、囲まれているらしい。




だいじょうぶ、なんとかなる。
なんとかなってきたから、なんとかなるのだ。

今の、わたし。

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気がつくと前職の先輩たちや以前住んでいた時の街並み、その仕事していた私自身、あの日々を、思い出す。ライトエースと擦れ違うだけで、スーツを着た男性を見かけるだけで、先輩じゃないか、同期じゃないか、なんて目で追う。鮮やかな切り花を見ると、あの街で行きつけだった花屋のことを考える。通帳に記帳するたびに、あの頃の残高と比べてしまう。それよりもっと前の自分を思い出しては、あのころの努力不足や選択ミス、思考の浅はかさに辟易とする。




私は、まだ、一歩も、前に進めていないのだと思う。


住まいも落ち着いて、有難いことに良い環境の職場もある。新しい出会いも沢山ある。ぎりぎりだと言いつつも、衣食住の整った生活が出来ている。昨日も今日も明日も明後日も、ちゃんと手帳でタスクが管理されている。読むべき本も、観たい映画も、行く予定のドライブも決まっている。


それでも、前の職場に居続けたほうが、しあわせだった?

そう聞かれたとしても、私は頷けない。きっとあのまま妥協と惰性で社長が私を留めることを許しても、私はどんどん私の首を絞めていったことだろう。今みたいに、英検を受けてみようだとか、関心のある本を読んでみようだとか、積立NISAや株の動きについてもっと知りたいな、だとか、露とも思わずに、目の前の仕事や圧力に溺れていただろう。出来るはずの自分像が、出来ない自分をいつまでもどこまでも追いかけてきて、追い詰めていって、潰されていただろう。


だから、これで、良かった?





自分探し、という言葉が嫌いだ。自分なんて、探すも何も、ここに今いる存在、それ以上でも以下でもないと思うから。


けれど、やはり、私はどこかに自分を落としてきたように思う。常に、社会からペタリと貼られるラベル(性別、婚姻、就業体系、納税額、学歴、履歴書、手先の器用さ、語彙力、、、)で自尊心を測っているし、過去の自分や他者と比べた今の自分の欠落点に日々絶望している。ニュースや新聞で目にする痛ましい事故や事件に対する報道の仕方の、悪意のないナイフで血まみれになっている。......これはどういうことか? 私は自分を測る物差しを、他者に対してまでも、用いているふしがどこかにあるのだろうと思う。つまり、私は、人を選別、差別している。こんなふうになりたいひとと、あんな考えには陥りたくないと思う人とで、シッカリと線を引いている。どこかで私は、自分で自分を貶めていると同様、隣にいる誰かのことを、貶している。






もっと鏡を見る勇気を持ちたい、と思う。


今の自分で、毎日、生き切る。



それが、ひとのことを思いやる、第一歩なんだろうな、と。今の私が今の私に優しくしてあげない限り、他人に対する冷たくて鋭利で、かつ無意識にも振りかざすナイフを捨てることは、出来ないだろう。私には、過去も未来もない。今の私を愛してあげることだけに、集中したい、そう思う。

私が決めた、ひとつのこと。

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🐰🐰🐰


迷って迷って迷って、迷いに迷って、そうして、ようやく、決断したこと。


それを、本当に、貫けるひとが、どれだけいるんだろうか。




少なくとも、数多くの成功者たちは、文字通り意志を貫いてきたひとたちのことを指すのだろう。もっと言えば、そもそも迷いすらなく突っ走って、成功と栄光をもぎとった天才だっているらしい。そんなひとを目指すひとには、何の役にも立たないけれど、彼らと180度異なる私が決めた、ひとつのことを、ここに書きます。






平成の私、つまりこの世に生を受けてからの私は、迷って決めてはまた迷い始めて、それでやっぱりって方向転換したり原点に戻ったりなんかして、そうしてるうちにまた悩んだり立ち止まったりなんかして、を繰り返して生きてきた。


現役で進学した大学を辞めると決意したときも、介護の道を志したときも、関東での就活に拘っていたときも、父と同じ職業を目指したときも、すべて、迷いに迷って、そうして出した最良で最善で最高の答えだと思っていた。この決断は揺るがない、そう心の底から信じて疑わなかった。




けれど、実際、すべて、破綻した。




私は今、地元に戻り、傷病手当で得たなけなしのお金で、中退した大学のすぐ傍のアパートを借り、電気代だとか自動車税だとか医療費だとかに毎日頭を抱えながら、生きている。




なかなか人生っていうのは、上手くいくものじゃないらしい。ありとあらゆるリスクや不安要素をしっかり把握したうえで決めたことですら、いつの間にかふらりふらりと揺らぎ始め、最終的にポッキリと軸が折れてしまう。




最近は"生きづらさ"とか"社会不適合"とかいう言葉が巷を徘徊しているけれど、そんなに生きづらいひとがたくさんいる、という現実に私は怯えてしまう。
この世界に違和感を持っていながら、苦しんでいながら、時に立ち止まることをしつつも、それでもみんな、生きている。それでもみんな、生きている。この世界が自分にとっての最適地ではないにしろ、それでも、みんな、生きている。




そして、何より、今日も、この現実に絶望している私は、この世界に、生きている。








私はこれから、どう生きていくんだろう、どう生きていけば良いんだろう。ああするって宣言したけど、実際お金ないじゃん。こうするつもりで来たけど、実際出来てないじゃん。ていうか、これまで成功したことあったっけ? Google先生、幸せってなんですか。ああ、どうすれば良い生き方ができるんだろう。まずは手取りでいくら必要かな? 週に何時間働ければ良いのかな? 私にそんなことできるのかな? だって無理だったじゃん? それより社会学の勉強したい。短大の頃の卒論のテーマ、続きの研究がしたい。サイードスピヴァクの思想をもっと知りたい。いやいや、現代の子どもの教育格差についてもっと詳しく知りたいし......でも知識だけじゃだめだから、経験も積まなきゃね。ほら、だから言ってるでしょ?とにかく今は仕事しなきゃ。稼がなきゃ。資金どころか奨学金という名の多額の借金抱えて何を夢みているんだ。さて、私はこれから、どう生きていけば良いんだろう?どう生きていけば.........


......そんな感じで、最近は、決断することを、少し後回しにしている。





決断することは、私にとって膨大なエネルギーが要るのだ。だから、ちょっとだけ、あともうちょっとだけ、今の流れに身を任せてみようと思う。上手くいくかは、わからない。でも、とりあえず、フラフラ迷走して、フラフラ決めかねている自分を、ほんのちょっとの間だけ、ゆるしてあげる、ことにした。


#「迷い」と「決断」

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上手くいかないのが常だから

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今年に入ってからのブログの更新頻度の低さに目玉が3つか4つくらい落ちたところなんですが、お元気ですか。私は元気です。

正直言うと、近年稀に見るほどの元気と言いますか、かなりポジティヴに毎日過ごしています。突如台湾に行ったり沿岸ボランティアに参加したりと、今年に入ってからの行動力は、自分でも甚だ驚きです。そして4月下旬辺りから、フリーターしながらひとり暮らしですることも決まりました。

最近得た、私にとってかなり大きな収穫というのが、完璧主義でなくなってきた、ということです。前職を辞めたばかりの半年ぐらい前までの23年間、私はまさに全か無かの法則、白か黒か、ゼロか100か、みたいな考え方で生きてきました。それが、まあどっちでも良いんじゃね、てゆーか、どうでもいいや、みたいになってきたということです。正直、単に完璧主義な生き方に飽きちゃった、という説も無きにしも非ずですが、まあともかく、自分が思っていたよりももっと世界は広いし、もっと色んな人がいるし、もっと面白いこともあるんだな、と。ぶっちゃけどんな人生を歩んでも、誰かしらには後ろ指指されたり、何かしらを傷つけてしまったり、まあ後悔したり失望したりするんだな、と。でも、それは、どんな人生を歩んでも、誰かしらの希望になれもするし、何かしらの幸せを掴んだり、まあ自分の力で良い方向に切り拓くことはできる、ということでもあって。本当に、もう、何だって良いのよね。人様と自分の命や宝物を壊さない限り、もう、何だって良いのよ。

ということで、私は、中退した大学の再入学を目指して頑張っています。一応別の短大を卒業しているので、社会人枠としても編入枠としても私は試験を受けられるのだけど、ほかの現役生と混じって前期試験を受け、1年生からやり直したいと思っています。しかも特待生枠として、4年間無償で通いたい。え?なんのためかって? トーゼン、自己満です。

というのも、中退した大学は、今の私が勉強したいと思っている学問が全て勉強出来るというだけでなく、心から尊敬している教授もいらっしゃる。そして、前も書いた気がするけれど、東大でも早稲田でもハーバードでもなく、この大学の卒業証書を貰うことに、私にとって大きな意味を持つのです。人生、やり直しは繰り返しなんかじゃないってこと、焦らなくても道は拓けるってこと、どんな黒歴史を背負っていても幸せになれるってこと、未来の子供たちに見せてやりたいな、と思ったのです。


ひとりくらい、変な大人がいたって良いじゃない。みーんなストレートで教育学部入って教採パスして23歳で先生と呼ばれる大人たちばかりの空間より、ひとりくらい、こんなあほみたいに失敗したり歩く度に転んだり泣いたり喚いたりして、足元も履歴書も汚れている大人がいたって、良いじゃない。

文科省が定める学校の先生になるかどうかは分からないけど、ともかく、子どもと関わる仕事がしたいな、と思っています。そして、自分の家の玄関だけじゃなく、ただいまぁーって子どもたちが扉を開けて、おかえりぃーって抱きしめてあげられるような、そんな空間を作ることが、今の私の夢です。

異国にて祖母を想ふ

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今年に入ってから、一度もブログを更新していないことに驚きマン。それより驚くことに、いま、私は日本にいません。私は、という主語のあとに、日本にいない、という言葉が続く日が来るなんて、今でも信じられない気持ちでいっぱいなのですが、とにもかくにも、私は異国にいます。


今年に入ってから、このブログだけでなく、日記だとか家計簿だとかを書く気になれずにいました。何でだろう?  理由はこれといって思い付かないのですが、そんな自分が少し嫌でした。短大の頃の卒論テーマ、<記憶と記録>について思い返されます。記憶は記録する媒体がなければ消えてしまうか、若しくは新たな全く異なる形に再構築されます。 それが、私はおそろしかった。おそろしいくせに、今は書く気が起こらない。とても不安定な身分にいる今の自分を、どこかで残しておきたくない、そういう意味合いも、もしかしたらあったのかも。

でも、ここに来て、なんとなく、 少し、考え直しています。文字として記録すること、それだけに縛られなくても、良いのではないかな、と。というか、記録、というそのものを追いかけることも、或いは追われることも、もう解放されても良いのではないか、と。

記録することありき、であらゆる物事を捉えることはとても疲れます。当たり前ですが、私たちは日記を書くために生きているわけでも、歴史の教科書に載るために世界が廻っているわけでもない。 今を幸せに、楽しく、笑顔で居られれば、それで良いのです。

祖母が亡くなって、今日で一年になります。1年前の今頃の私を思い返しています。あの日のことを、日記も書いていないし、写真も撮っていないし、誰かに写実的、如実的に話したこともない。 記録としては何一つ残ってはいないけれど、私の胸にしっかりと焼き付いています。 一年後はどうか?五年後は?そんなこと、わからない。でも良いのです。 算数が 出来ない私にとって、計算して生きていくことは、見えない敵と戦うようなもの。そんな真似は疲れました。 生きていくことは、未来を予知することでも、過去を記録することでもない。今を大切に生きていく、それだけ。それ以上でも、それ以下でもなくて良い。


おばあちゃん
きっと私は、あなたの本当の愛を理解する日は、そう遠くないことでしよう
だから信じて
もう少し もう少し待っていて、ね

2018.12.30.所感

 

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年の瀬、ですね。

 

2018年は、【終】という漢字一文字が頭から離れない一年でした。昨年の一文字が【改】だったので、おいおい改まった途端にもうフィニッシュかよ、という気もしないですが。


2017年の秋に内定式を終え、春からの居場所を確保した状態で2018年を迎えました。年始早々からバイトや日雇いに明け暮れ、休憩時間に『時計仕掛けのオレンジ』を読む毎日。ロックや。無事に卒論を提出し、2月は引越準備しつつ卒業確定。そして、早すぎる祖母の死。引越をして2日後の、鬼のような留守番電話を私は忘れないでしょう。身体的にも精神的にも物理的にもバタバタと疲労感が拭えないまま3月、入社式。
4月1日から入社したのもつかの間、率直に言ってそこから9月半ばまでの記憶は、非常に断片的で、かなしいものです。バラバラにノートやメモ帳に書かれた乱雑な文字は、辛い、しんどい、もういやだ、逃げたい、帰りたい、、、いやいや、楽しかった思い出だって、嬉しい言葉だって、笑い合った時間だって、あったはずなのに、文字として辿れるのはそんな重々しいものばかりなのです。このブログも、その当時の記事は決して明るい文体ではないですよね。

そんなこんなで10月は実家に戻ることになり、昨年の内定式と同じ日に退社。
けれど、送別会は本当に素晴らしい時間でした。自分の人生は、あの日々は、全てこのためにあったのではないか、と思うほどに。たくさんの上司、先輩、同期にかこまれて、温かな言葉をかけられて、本当に幸せな、幸せな時間でした。その時もらった花束は、大切にハーバリウムにしました。 
11月の退社まもなく、すぐに地元でレジバイトをし、それも破綻してもう12月。どんな年だったか、と思い返すのが、非常に難しく思いました。人生23年間生きてきて、救急車🚑に乗った経験が3回あるのですが、その3回は全て1年間に集約されています。うん、なかなか問題だ😑

 

 

 

さて、2月の記事、今年の抱負について振り返りましょう。

 

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1.  体調管理・体力づくり
いわずもがな、これが破綻した一年でした。そもそも体調の良い、悪いがどんな状態なのかもよくわかっていない。重症。まず、きちんと通院する大事さを痛感しました。病院はバカにしちゃいけない。 
実家に帰ってからはちょこちょことジムに通い始めましたが、習慣と名乗るにはまだまだです。でも、意外や意外、意外と私は走れるんだ、 という発見。    1キロ6分のランニングペースで30分。体育が死ぬほど嫌いで出来なさすぎて泣いていた私にしては本当に凄い!
 

 

 

2. 食生活の安定
一人暮らしのときは悲惨でした。朝は抜き、昼はコンビニか上司が奢ってくれる弁当か抜き、夜は会社のお客様用弁当の残りを食べる毎日。作ってからずいぶん時間が経った天ぷらとか、お寿司とか。先輩が買ってくれる自販機の100%グレフルジュースが栄養源。はっはー、酷い。
今は実家暮らしなので、、、?いや、根本的に何も解決していない。別に食べたいとも思わないお菓子を食べ過ぎちゃうときもある。
 

 

 

3. 自分なりの金銭感覚を身に付ける
これは、評価が難しいです。買うことに関しては、少しは身に付けられたかな、、、安いものに飛び付かないとか、長く使えるものを重視するとか。自分の私物を見ると、結構良いものあるんですよね。手帳とか、鞄とか、口紅とか。
でも、稼ぐ、ことについては、未だに私だけにしか通じない哲学が根強いです。今年は特に、経済的な安定を強く希求してました。正社員に拘って、働くこと、それだけが善そのものでした。正社員としての私だけに価値を見いだして、汗水流して働いている私だけを褒めてあげて、自分の力で稼いだお金で一人暮らしして、奨学金返して、好きなもの買って、、、それだけが私を支えていました。
だから、その軸がポキリと折れた途端、どうしたらいいかわからない。自分を責めることしか出来ません。でも、責めて責めて責めてうじうじと立ち止まり続けられるほど、人生は長くないってこともわかっている。
金銭感覚というのは、即ちどう生きていくかと同義で、どんな自分でいたいか、見られたいかってことなのかな。
 

 

 

4. 自分を縛らない
ほっほー、こんな目標を掲げていたんかい!ってくらい、ギュウギュウと縛りつけていました。ほんとに笑っちゃう。
○○でなければならない、○○である必要がある、 という考えは、実は私を縛り付けているようで、いろんなひとたちを傷つけているのだと思います。自分を卑下している自己評価が著しく低い者は、自分と同等以下の存在を軽蔑している。この事に気づかされてから、ずいぶん経ったのに、未だに拭えない気持ちがあります。
 

 

 

5. 居心地の良い部屋を作る
スーパーワンダフルな部屋に住むことになった、と過去の記事には書いているけど、住んだ感想を言うと、もうしばらくは良いかな、って部屋でした。身の丈に合わなかったというか、私には持て余してしまったというか。 もう少し安い小さな部屋であるほうが、ユックリできた気がします。 こんなすごい部屋に住んでいるんだ、立派に働かなきゃ、って、むしろそういうマイナスなベクトルに頑張りかたを見いだしてしまったりも。
でも、家賃が六万以下であのアパートに住めたのは、経験としては良かったかもしれない。次への反省、もっとボロくて狭くて良い。
 

 

 

6. ストレスを抱え込み過ぎない
これは、目標設定がそもそも誤り。何故なら、いまの私は、ストレスをストレスと認識することさえできないから。何が辛いのか、どこまでやると無理なのか、わからない。そして、あ、ちょっとしんどいかも、と思ったところで、それをどうにもできないところも反省点のひとつ。ひとと比べて、私はまだまだ出来る、やらなきゃ、なんて勝手に思ってバカスカ仕事を引き受けてしまう。そして実際、一度でも成功しまうと、なーんだ!出来るやん!って自他共に思わせてしまう。そしてどこかでドン🏭💣💥
 

 

 

7. 大好きな人、ものには大好きだと伝える
これはこの一年とっても大事なことだったし、ずっと大事にしていきたいこと。おばあちゃんが亡くなる前の段階でこういうことを考えていたのか、と少々驚き。 このことを考えていると、ひとと喧嘩なんて出来ないし、後味悪くバイバイ、なんて言えない。悪いことしたらちゃんと謝りたいし、ちゃんと「行ってらっしゃい」と「行ってきます」を言いたいし、ちゃんと笑顔で「さよなら」と「またね」と手を振りたい。  これに関して、 まだまだなところがたーくさんあるので、偉そうなことはまだ言えないんですけど。
 
 
 
 
正直、死ぬ、ということについてよく考えていました。ここで声を大にして目を見開いて言いたいのは、死にたいわけではないということ。私は絶対死にたくない!!!!
 
ひとが一人死ぬと、必ず、生きているひとが、そのひとの後片付けをします。後片付け、というと、なんだか言葉が悪い気がしますが、ともかく、死んだあとに自分の身体を炉に入れることも出来ないし、銀行の凍結も役所の届け出も出来ないし、隠しておきたかったあれとかそれとかの始末も出来ません。誰かがやらなければならないのです。
 
そのひとが死んでも、残酷なほど平等に、この世界の住人のために明日は来ます。確実に明日は今日になって、今日は昨日になります。そのひとが居た現実は過去になって、そのひとの記憶は、記録として残らない限り、風化されます。もっと言えば、そのひとがこの世界で、確かに確かに確かに、存在していたのにもかかわらず、そのひとに関する記憶を留める誰かがいなければ、そのひとが存在していたという事実すら、、、脆いものなのです。
 
死ぬときはいつだって一人。何にも持っていけない。誰も連れていけない。
 
 
そして、この世界で生きている私たちのこと。どうしてこの世界に残る私たちは、こんなに悲しいんだろう。こんなに悲しまなければならないのだろう。
そう思いつつ、私はまた、もうひとつの現実に突き当たったのです。
 
即ち、悲しまないという選択を手に取る人もなかにはいる、ということ。
 
この世に生を受けて、確かにこの地で息を吸い、地を這うように生きた証が、何一つ、記録されないまま、死んでいったひとたちのことを、どこかでいつも、思っていた、、、そんな一年でした。
 

 

生きていたんだよな

生きていたんだよな

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あとは、今年観た印象的な映画(邦画ばっか笑)、読んだ本。具体的な本数、冊数は記録していない(途中でやめた、最悪💦💨)のですが、、、

 


映画『人魚の眠る家』 予告編

 


【公式】『万引き家族』大ヒット上映中!/本予告

 


『二重生活』映画オリジナル予告編


コリントの信徒への手紙 13章 ~ 愛のむきだし


『永い言い訳』

 

 

 

時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)

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葬送の仕事師たち (新潮文庫)

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女性の品格 (PHP新書)

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ヘヴン (講談社文庫)

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