ちゃんと生きたい、に隠れる暴力性
ちゃんと生きたい。
いつからか、私はそう言い始めた。
もっとちゃんとしたい。ちゃんと見られたい。ちゃんと頑張りたい。
ちゃんと、ちゃんと。
もうすぐ、私は25歳になる。
19歳の頃、米津玄師さんの『LOSER』という曲にある、「四半世紀の結果できた青い顔のスーパースター」という歌詞を聴いた時、25歳なんて、とんでもなく未来のことのように思えていた。きっとその頃には、私はきっと「ちゃんとした」スーパースターになれる気がした。今はこんなにだめなクズな私だけど、きっとその頃には、いろんなことが変わって、私は何者かになれている、そう信じていたかった。
結果として、私は今、19歳の頃と同じ大学で同じ一年生をやっちゃってるんだから、まったく人生っていうのはわからないことばっかりだ。残念だけど、スーパースターにもなれていない。
「ちゃんとした」って、なんなんだろう。
昔、「マトモになりたい」と言ったら、「マトモかどうかなんて誰が決められるもんなんだ」って、ものすごく怒られたことがある。その時は、「マトモ」なひとには私の気持ちなんて、ほんとうにはわからないんだろうなって思っていた。
要は、言語化しようとする力や語彙力をつけようとする努力を、私はかなり怠ってきたようだ。自分なりの頭のなかにある「ちゃんとした」イメージを、きちんと文字にして、言葉にして、もっと残しておくべきだった。もっといろんな本を読んで、いろんな音楽を聴いて、いろんな映画を観て、いろんなひとの生き姿を焼き付けておくべきだった。そんなひとたちにとっての「ちゃんとした」の定義と私の定義を照らし合わせたり、話をしたり、怒ったり笑ったり泣いたりしておくべきだった。
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先日、うちの兄貴が、入所している施設の、換気中の窓から脱走して、近くのコンビニで無銭飲食したらしい。(警察沙汰になったものの、知的障害者に理解のあるコンビニオーナーのおかげで、非常に穏便に済んだとのこと。ありがとうございます。)
その話を備忘録としてここに書く。
そのことに関して、私は施設の職員を責め立てるつもりは毛頭ない。確かにそれは「事故報告」案件であることに違いはないけれど、まず、今回書きたいのはそこじゃない。
私の兄が脱走して店でそういうことをしたということは、今回を含めて1回や2回の話じゃない。文字通り、数え切れないほどのレベルで、私は小学校の頃からそういった事態に直面してきた。私の家から歩いてすぐの場所に大きなスーパーがあって、そこの店長はうちの兄のことを店員にしっかりと周知させることまでしてくださったこともあるほどだ。
正直言って、実家を出る前までの私は、兄が脱走したとか無銭飲食したという報告を受けても、「またかよ〜w」程度にしか思っていなかった。或いは、「私たち家族が大変だ」と思っていたことも認める。実の兄が店のものを勝手に飲み食いするというむなしさや怒りを、「世間の人たちはこの気持ち、絶対わかってくれない」といったもので消化しようとしていた。
でも、今回この話を聞いた時、改めて、綺麗事では決して済まされない現実を覗き込んでしまった気分になった。
「兄ちゃん、何のために生きてるんだろ?」
まず何より、コンビニで働いていたバイトの子は、どれだけ怖かったことだろう。
突然裸足の男が飛び回りながら店内に入ってきて、わけのわからない声を発しながら突然未会計の商品を開けてムシャムシャ食べ始めるのだ。考えただけでも恐ろしいことだと思う。
うちの兄は、障害者施設に入所している。植松の定義に従えば、完全に「生産性のない」人間だ。そう、27歳の身で年金(生産者から得る税金)で生活をしている人間だ。そのことを大きな声で糾弾している者が一定数いることも、当然私は知っている。
私は、植松のような思想を持つ者には深い嫌悪感を抱くくせに、ふわふわした障害者の個性だとか命の尊さを説くこともできない。どちらにも属せない。
知的障害者が生きていることに理由が必要なんだろうか。
だとしたらそれはなに?
それは健常者となにが違う?
それは社会的にどんな意義を持つ?
そもそもそれは、障害者(they)と健常者(we)で明確に分けられること?
もっと根本的に、もっと真剣に、私はこの問題と闘う勇気を持ちたい。