淋しい夜に、

淋しい時、ひとに温かさを求めてしまうのは、その淋しさがひとによって少しでも薄れるということを、既に知ってしまったからで、孤独を感じるということは、孤独じゃない時間を過ごしたことがあるからで、あるひとに”淋しい”という言葉を吐けるということは、そのひとが過去に自分の淋しさを薄めてくれた経験があるということで、もしかしたら、もしかすると、淋しいという感情は、本当はちっとも淋しいなんてことはなくて、淋しいという感情を抱けるという、たったそれだけのことは、とてもとても幸せなことであるのかもしれないな、と。




自分が勝手に淋しいと感じているだけの時に、自分が大切だと感じているひとをその淋しさを薄める材料としてはならぬ。


空しい気分の時、余計に空しくなるような相手に空しい言葉を吐いてはならぬ。


自分を満たせるのは、自分を満たそうとする自分だけだ。


忌まわしき過去は、遠からず自分の滋養となり、良き方向に他人へと連鎖するということを、常に自覚せよ。過度に落ち込む必要も、取り返しのつかない罪悪感に苛まれる必要も、無いことを理解せよ。