理想は既に今の自分のなかにあるよね、って話。

 
今日(更新する頃には昨日か)、すごくすごく久しぶりに、就活というものをした。約1ヶ月半ぶりだろうか。現役就活生はもうほとんど居なくて、多分今時期にスーツ着ている就活生っぽい身なりの若者というのは、ひと学年下の意識高い感じのインターン生なのだろう。なんか、歩きかたで悟られてしまう気がする。いや、それほど他人の事なんて関心ないか。おお、こいつはきっと公務員試験に落ちて今更民間に手を出し始めた大学四年生だな、とか、おお、ずっと留学していてアメリカーンな感じが抜けないけど結局日本社会に溶け込むんだな、とか、兎にも角にも受けて受けて受けまくって落ちて落ちて落ちまくってる就活生なんだな、とか、いちいち観察なんてしている奴なんて、きっとロクな人間じゃない。でもまあ、別にそんなことすら私にはどうでも良いのだ。とりあえず4月からの居場所を確保したいだけだ。
 
さてさて、久々にスーツを着て、説明会と選考を受けてきたわけなんだけど、そこで、企業の方に、「話し方がとても穏やかで、丁寧な方なんですね」と言われた。
 
えええええ、って感じだ。私の短所は落ち着きも集中力も皆無なところで、もう本当に丁寧な暮らし、なんて雑誌のリンネルの表紙に書いていそうなキャッチコピーからだいぶかけ離れたところで生存している、っていう自覚があったから。
 
でも、驚いた割に、だいぶ嬉しかった。なんか、私の理想というか、私の基盤、地軸にしたい希望通りの印象を、初対面の相手に伝えることができたというのは、少なからずそこに近づいているのだ、と思うから。
 
理想と現実は違う、って言うのは、まあもちろんその通りだし、だから私は毎日毎日自分に自分でガッカリしてばかりだけれど、でも、やっぱり目指すこととか、追いかけることって、結構大事な営みなのかもしれない。そもそも、何かのテーマを掲げることであれ、誰かしら有名人を憧れることであれ、理想像を持つ、と言うのは、それだけでその理想の要素が、既に今の自分自身の中に潜んでいる、ということじゃないだろうか。何かに魅かれる、というのは、自分には無いものだから、ってわけじゃないと思う。意識的であれ、無意識的であれ、何かしらの自分との共通点がなければ、ひとは何かに魅了されたりはしない。
 
そういうわけで、私は、自分の理想であったり、こうなりたい、こうでありたい自分の姿を、どんどこじゃんじゃか、アピールして生きたいな、と思ったのだった。
 
 
 
🎋🎋🎋お知らせ🎋🎋🎋

 

稚拙であれ、駄文愚文であれ、ブログの更新率を、以前より上げようと考えてます。私はTwitterという140字しか書けない割にものすごい社会的な影響を及ぼすというか、リアルなひとに自分の考えや日常を曝け出すという、もはや脱衣所みたいなSNSがとてもとても苦手なので、はてなブログを通じて自分を記録、発信したいな、と。あと、十代の頃の私のように、余程のことがない限り、ブログの記事を削除することはしません。多分私のことなので、書いたことは三歩歩けば忘れるし、その時々によってコロリコロリと意見や見解は変わるのだけど、それも含めて、”その時の自分”を書き留めていたいな、と。と、この意見さえ、変わるかもしれないのですが。まあ、それならそれで良いかな。そんな難しいこと考えず、とにかく書きたい時に書きたいことを書きたいところで書きたいのです。以上。