最後の21の夜

  

昨日、本当に色々考えさせられる出来事があって、本当はこの場で事細かに書きたいし書くべきなんだと思うけれど、truthというよりもpost-truth、つまりその時のありのままの事実じゃなくて、私がそうであってほしい、そうでありたかった、事実を活字として記録するだけになってしまう気がするのでやめておく(実は途中までevernoteに書いたのだけど、それをコピーしてはてなの編集部分に載せようとしたらカットと間違えて全てパーになっただけともいうが、兎にも角にももう書かない。)

 


まず、結論。
私は、本気で研究職を目指そうと思う。

 

就職活動していて、マア落ちに落ちまくっているというか、実際通っていなくもないんだけれど結局そこかwwwってところでお祈り食らったり、周囲の人間が私の身体や精神の崩壊の憂慮、要は私は他の人間と決定的に何かが違う(欠落している)のだから、他の人間と同じペースとリズムとセンスで生きられるなんて甘いこと考えんじゃねーよ、的なことをそりゃまあ何度も何度も何度も、身体と精神がくたびれてペースもリズムもセンスも崩されてしまうほど言われつづけてきた。だけど実際は、崩れるどころか、私の支柱となる私の器官は、より強固なものとなっていて、ちょっとやそっとで壊れない頑丈な心身でありとあらゆる企業を受けていた。
しかしその器官というのは裏があって、私が勝手に私の一部であるかのように勘違いしていたけれど、実際はなんと骨折中の骨にボルトをとりあえず埋め込んだものに過ぎないようなものだった。ヨソモノだ、と私の本物の器官はそのボルトを排除してしまった。実際にそのこと自体は何の後悔もない。どんなに有用性のあるボルトだとしても、そのボルトは私ではない。私はまだまだ成長していく。まだまだ成長、治癒能力が残っている段階で、すでに完成形であるボルトを埋め込むなんて、そんな形の決まった先を順々に歩いていくほど私はつまらない人間になりたくない。
そういうわけで、無理やり支柱をぶち壊した私はまだ脆くてガタガタと音を立てて壊れそうなほどの私自身だけの力で私の人生を切り拓いていく必要に迫られた。迫られた、というか、自分で選んだんだけど。


その時に訪れたのは、希望の光でも永遠の幸せでも第一志望先への内定でもなく、無気力だった。

逃げたくなった。いや、逃げた。
色々な義務やしがらみや約束や規範から、解放されたい、と。何もしたくなくなったし、実際に大幅にエントリー数を減らした。自分からキャンセルさえもした(すみません)。疲弊している自分に疲弊した。単なる就活生が陥るスランプだ、と言ったらそれまでだしその通りなんだけど、とりあえず一度急速に速度を落とした。止まることはしなかったから、そこは素直に私は私を評価してあげようと思う。

 


そんな状態で受けた昨日の面接で聞かれたことと、1人の女性との出会い、その夜に入ったカフェで、私はようやく自分の本質へと立ち返った。

 


私、研究職に就きたいんだ、と。


この前書いたブログ(なんと、タブレットでの編集作業で突然削除された!!!)で、大学教授への不信感というか、疑問みたいなものを吐露していたのだけど、それも含めて、私は今の社会史の研究を続けたくて続けたくて堪らないのだ、という結論に至った。


ただ、じゃあ今日から就活を全て撤退して編入試験の準備しますわ〜なんて、現実的に無理無茶無謀なことだ。卒業後にどこかしらに就職して兎にも角にも稼がなきゃならないというのは揺るがない現実だ。

しかし、その就職も、今までみたいに正社員!東京!首都圏!給与!ボーナス!給与!ボーナス!要するに奨学金返済!金!金!金!みたいな、なんかギラギラした目でネズミを狙ってるネコみたいな真似はやめようと思う。周りの人たちからのありがた〜い忠告を呑むというわけに見える、というか実際にそういうことに他ならないんだけど、地域も職種も拘らずに、勉強や研究と両立できる程度の職(通信制大に通いたい)で、仕事に関してはユルく考えようと思う。怒られるかもしれないけど、私がなりたいのは超バリバリのOLやワーキングウーマンじゃない、と気づかされてしまったんだ。

 

 

最後に。
自分の信念に貪欲であるということは、この上ない程の幸せであることと同時に、常に先への危機と他者からの苦難を隣へ据えるということなのだ。 (21歳終了のチャイムが鳴る🔔🛎)