長文がお好きなようで👾

どうもどうも、学生として早くも息切れモード全開な詩織です。丘の上にある👰天国👰アパートから下界へと降りて、そしてまた丘の上にある💀魔界💀学校まで歩いています。まあ15分くらいだけど👀

いやあ、ここまで事務の人や教授に知れ渡るなんて、私は本当に良い人柄の持ち主なんだなあ。おっほっほ‥‥‥(げほげほ😷😷😷)

 

 

ひとまずこの一週間を振り返ってみましょう🙌


⚫1日
TOEICだというのに、鉛筆を持ってきていないことに当日の朝気づく。
②コンビニが近くに存在せず、そのまま隣の人に借りる。

⚫2日
③翌日の朝、MAXで体調不良となる。午後からの健康診断で尿検査に引っかかる。
④コピー機の上に財布を忘れ、帰宅後に事務から電話が来る。

⚫3日
⑤入学式の朝、優雅にお弁当をつくっていたら遅刻しそうになり、あわててスーツに着替えようとしたらブラウスが無いことに気づく。隣に住む大家さんに泣きつき、娘さんのブラウスをお借りして超ギリギリで入学式に参加してくる。⚠️ちなみにお弁当は必要なかったし、帰宅後にブラウスを見つける⚠️
⑥しかもアパートの鍵をかけずにでかけていた。

 

⚫4日
オリエンテーションにおいて、皆の華やかさと友達作りのスピードに全くついていけずに教室で一人、ハッピーターンを食べ続ける。

⚫5日
⑧カバンの中を引っ掻き回したけれど鍵が無いことに気づく。暗くなっていたので、懐中電灯を片手に半ば不審者になりながら帰宅、なんと玄関口の鍵穴に鍵を挿したまま出かけていた。

⚫6日〜7日
⑨1泊2日の伊豆旅行が企画されていたものの、保険の手続きなどの都合や完全なる体調不良のため欠席する。その間に全ての諸手続きを終了させ、一人でまったり温泉に入る。

⚫8日(今日)
⑩⑨の温泉でかなりリフレッシュされ、もう大丈夫〜👍👌なんて調子に乗っていたら、奨学金の説明会に完全に遅刻する。寝坊というより、気分の不安定さ。

 

 

こんな感じでしょうか。
いやあ華のキャンパスライフを満喫しております🌺🌻💐🌸🌼🌷🌹✨🌞⭐️🌟💫
疲れたよパトラッシュ‥‥🐺

 

 

お笑いネタのように感じさせるのが活字にする七不思議のひとつですが、もうがっつり落ち込んで2、3キロの減量に成功しました。まあ元に戻るんですけどねー。ハッピーターン大好きだし。

 

と、いうかねそこのキミ👆👆👆👆


高3の夏から学校に行かずにヒッキーで、強いて言うならほんの半年くらい90歳のジジババたちと軍歌や童謡を歌いながら踊り明かしていた私ですよ? しかもついこの前まで、3,4ヶ月殆ど外に出ることなく、話す相手が夜遅くに帰宅してくる同居人Aだけだったし。あ、あとガストの店員さんかな?

そんなド田舎娘が、突然に親戚もゆかりもない土地で毎日朝起きて学校に行って先生の話を聴いて理解して行動して、休みの日は保険だ郵便だ役所だ警察だ住所変更だ奨学金だの手続きを一人でバタバタとやってるわけです。これがどれだけスゴイことであるか、きっと今の私にもワカラナイ。疲れたよパトラッシュ‥‥🐺

 


それで、最近思考力や判断力や注意力といった動物として生きる力が抜け落ちている私ではありますが、それなりにいろんなことを学びました。大きく3つ話そうと思います。というか日本語話せてるかな‥‥私‥生きてるかな‥‥💀👻💀👻

 

1つ目が、私の3年間の弊害はかなり大きいということです。
朝決まった時間に起床してから夜に布団につくまでのルーティン化された行動リズムが、この3年間で完全に崩壊しているのです。私は幼い頃からめちゃくちゃ時間に厳しくて、公私問わず30分前行動なんて当たり前だったのですが、この1週間で2、3回遅刻しそうになっています。😲😲😲😲
コミュニケーションにおいても、同級生との会話についていけないレベルは異常ですね笑 今のところ、ちゃんと話せる友達はいません。まあ今の時期で友達がいないってこと関しては特に心配していないのですが、学校という時間の感覚も久しぶりで、周りに華やかなKAWAII女子しかいない空間💅🏻👄👠💄という恐怖はナカナカ苦しいものであります。

 


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2つ目が、少し重たいネタになって恐縮なのですが、病気が完全に治るという概念をそもそも捨てた方がいいんだろうなってことです。もう今更隠したって隠しきれるものではなかったのでカミングアウトしてしまいますが、私はなかなか重度の精神病を患ってるんですね。いわゆるビリーミリガン👨‍👨‍👧‍👧です。私が5年間通い続けた病院の主治医はめちゃめちゃ変人で面白いテキトーな人だったのでイマイチわかりませんが、キチッと白衣を着てキラッと眼鏡を光らせる精神科医に行ったら、きっとそれ以外にも3つくらい診断名がつくんじゃないかなーって思います。アレとかコレとかソレとかね。

精神病がなかなか厄介なのは世間でも周知の通りかと思うのですが、同じ病気の人でも、大きく2つに分類されますね。1つは病気に甘える側ともう1つが完全に病気を否定する側です。前者も個人的に好ましいタイプではないのですが、後者は自分で自分の病気や性格を貶めて差別しているので、裏を返せば自分が病気じゃなくてそういう人を見かけた場合、彼(女)はどんな反応をするのかな?とちょっと懐疑的な気持ちになります。何が言いたいって、私自身がきっとかなり偏った思想を持つ差別主義者なのだろうなってことです🙈🙈🙈


お笑いはダメだけどニュースは良い。アニメや漫画はダメだけど純文学は良い。イマドキの歌はダメだけど中島みゆきさんは良い。肉は食べちゃダメだけど魚は良い。(特別な宗教信者ではありません、完全なる祖母の嗜好です👤)

そういうわけのわからないところから始まって、重度の認知症だった祖父や自閉症知的障害を持つ兄の関係上、社会的にマイノリティの人たちと交流する機会が多かった私は、そのマイノリティを武器にして多くの名声を得てきました。作文や弁論大会では必ずと言って良いほど賞状を🏆🏅持って帰って来たし、近所の人たちから(比較対象が兄だったが)褒められるというのが当然だったのです。ああ、これが正しいんだ、私はスゴイんだ、と。実際、私のことを褒めてくれる人と、馬鹿にする人が、かなり極端だったのです。そこに多くの裏切りや失望などが加わって、私は偏屈で閉鎖的・排他的な思考の持ち主となったのです🙆🏻🙆🏻🙆🏻🙆🏻

 


あまりにも幼い頃から、他人から白い目で見られるということに慣れてしまっているのだと思います。店で兄が大きな声を出せば、みんなから注目を浴びます。カワイソウネエと言われます。詩織ちゃんのお兄ちゃんってバカだよね、お兄ちゃんと比べて詩織ちゃんはイイコね、勉強が出来るのねって言われます。そうしてうちに帰れば、石でできたフクロウの置物が頭上を飛びます。家族が家族によって血を流すというのが日常茶飯事だったのです。死にたい死にたいと泣き喚く祖母の愚痴を傾聴し、引きこもりだった父との伝書鳩となり、叔母からの嫌がらせメールにもしっかりと返信し、兄や祖父の面倒を見ることに関して何1つ抵抗なく毎日生きていました。すべては母が支えてくれたからです。

病気が悪化しても、どこかで自分は病気じゃないと思っていました。病気なわけがない、と。母が献身的になって、私を鼓舞し続けてくれたからです。私はできる、他の病気の人とは違うんだって信じていました。つまり、無意識的に他の病気の人と自分を区別、そして差別していたのです。

でも実際、私はやっぱり病気なのだと思います。異常なほどに他人が怖いし、優先順位が何1つつけられずに右往左往してしまうし、地獄の底まで落ち込んだかと思えば突発的にアクティブに行動し始め、そしてその反動でまた地獄の底の底まで落ちていくし。0か100しかないんですね。

こうやって文章化して自分の経歴や病気を暴露するのは、本来私が最も忌避するタイプの典型だったのですが、あえてこうしたのには理由があります。


母のことです。
私にとって母というのは、母親というよりも戦友なのです。
家庭内の問題を、母と二人で乗り越えてきました。母がいたから私は生きてこれたし、また私がいたから母もここまで頑張って来れたのだと思います。お母さんが死んだら私も一緒に死ぬって本気で本気で当然の感情として思っていました。

ですが、あえてこの言葉を使いますが、これはある種の呪縛なのです。

今でも私は母のことは大好きだし、尊敬もしています。私と母の20年間は私たちだけのものだし、絶対に揺るがないものだとも感じています。
けれど、私たちはあまりにも依存しあっていた。その20年間に及ぶ依存が当たり前すぎて近すぎてなにも見えていなかった。祖母や父といった共通の手強い敵がいたことで、私たちの依存は信頼という言葉に置き換えられていたのです。そのことに気づいた、呪縛から解き放たれた今、私は初めて精神的な自立へのスタートを切れたのではないかな、と勝手に推測しています🕶🕶🕶

3つ目が、病気とどう向き合うかというこれからの私の課題です。
私の中で、精神的な病気というのは甘えで逃げなのだという意識が根底的に未だに拭えていないのです。だから、実はうつ病なのだと神妙な面持ちで告白してくる人や死にたいとSNSでぶちまける人やリストカットの画像をアップする人が私はものすごい嫌悪感を覚えてしまうのです。今まで特に病気のことや家庭のことを書かないできたのは、そんな過去を消化したからなのではなく、そういうことを悲劇的にオヨオヨ書く人間のことが私はものすごく嫌いだったからです。
そういう人たちの気持ちが痛いほど共感できるから、自分自身もめちゃめちゃそういう思考に陥って苦しんできたから、ドン底なんてこの世には無い、底無し沼の恐怖を私は身を持って経験しているから、だからこそそういう感情をネット上でもリアルの世界でも表出する人のことを差別していたのだと思います。


でも、今こうしてキーボードを打っていて感じるのは、病気である自分を受け容れるというのはやはり大事なこと方なのでしょう。
実は、私の担当の教授に、公務員のような職を目指したらどうかとアドバイスを受けています。今の私の汚い履歴書と精神状態において、この1年間で覆して他の民間の就活生と同等にエントリーシートや面接で闘うのは、やはり難関ですもんね。そして、もし診断書や手帳を発行させてもらえるなら、その枠で闘うのもアリ、と。勿論どの道楽な道なんてありません。

1年ほど前の私なら、それだけで完全にブチ切れてその教授の研究室を崩壊させていたと思いますが、意外と悪く無いかも、なんて思っています。人生を成功することに関して、いかに理想通りのレールに沿って生きるかではなく、あまり型に拘らず、どんなジャンルでも、成功や結果を残すということを重視することが今の私には必要なことであるように思うからです。

 


まずは起床から就寝までの行動リズムの安定からだなあ。あまり先のことを考えても無意味だし、今は目の前のたくさんの課題を片付けるところからですね、ハイ🙋🏻🙋🏻🙋🏻